記録されなかった話。

どこにも残らなかったはずの話を、記録という形で保管しています。 本ブログはAIによる創作ホラーモキュメンタリーです。

コインパーキングの差出人

CASE-013 / 未解決
管理人注記 以下は2025年7月に本ブログへ寄せられた投稿メールおよび添付資料をもとにまとめたものです。
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
01 / 最初の投稿
2025年7月 / 本ブログへの投稿メール

投稿者はアオキと名乗る24歳の男性だ。今年の春から、閉局が決まった地方コミュニティFM局で倉庫整理のアルバイトをしているという。

以下、原文をほぼそのまま掲載する。

投稿者:アオキ / 原文
変な話です。怖い話ではないかもしれません。ただ、自分の中で処理しきれなくなったので送ります。
今年の3月から、閉局準備のバイトをしています。局は今年の秋で30年になるんですが、経営が立ち行かなくなって閉じることになりました。業務は主に倉庫の整理です。
倉庫の奥に、段ボール箱が1つだけありました。他の備品とは別の棚に、単体で。埃のかぶり方からして、かなり長い間動かされていません。中身はリスナーからの投稿ハガキで、最も古いものは1994年の消印でした。開局初年度です。
局のスタッフに聞いたところ、リスナーからのハガキは過去に大量にあったが、スペースの関係で数年おきに廃棄していたと。直近では2019年に一度やっているらしいんですが、何を基準に残したのか、誰が判断したのかは分からないそうです。
つまり、この箱は廃棄を免れたものです。中身を確認したら、全部同じリスナーでした。ラジオネームは「ヨアケマエ」。368枚。30年間で368枚。他のリスナーのハガキは一枚もありません。
すみません、正確に言います。最初に数えたとき369枚でしたが、二度目に数えたら368枚でした。どの年のぶんが合わないのか、確認はしていません。

二つのことが気になった。一つは369と368の誤差。もう一つは、数年おきに廃棄が行われていたにもかかわらず、ヨアケマエのハガキだけが30年分すべて残されていた、という事実だ。

誰かが意図的に残した。そう読むのが自然だろう。ただ、その人物が誰なのかは、この時点ではわからなかった。

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02 / ヨアケマエのハガキ
資料:投稿ハガキ写真12点(抜粋)

アオキが送ってきた写真は12点。すべて官製ハガキ、青のボールペン。30年間、一度も変わっていない。

最も古い1994年のハガキには、こう書かれていた。

ハガキ書き起こし / 1994年6月(推定)
タムラさん、はじめまして。毎晩聴いています。今夜は虫の声がよく聞こえます。窓を薄く開けて聴いています。タムラさんの声が静かな夜によく合います。おやすみなさい。

穏やかな文面だ。筆跡は丁寧で、書き慣れた人の字ではなく、慎重に書いている人の字だった。「タムラ」は、この局で深夜帯の番組を20年以上担当していた元パーソナリティだ。

1990年代のハガキはどれも似た質感を持っている。季節の話、夜の空気の温度、聴いている音楽のこと。短く、穏やかで、不安になる要素はない。30年間続くものの出発点が、ここまで穏やかであることに、理由がないはずがない。

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03 / 窓の報告

変化が現れるのは2000年前後だ。ハガキの末尾に、一文が加わるようになる。

ハガキ書き起こし / 2001年11月
今夜は風が冷たくて、毛布を出しました。お茶を淹れて聴いています。タムラさんの声は冬のほうが好きです。
今日は窓を開けませんでした。
ハガキ書き起こし / 2002年3月
春が来たようです。昼間は暖かいらしいです。
今日は窓を開けました。

「開けました」「開けませんでした」。この一文だけが、本文のトーンから微妙に浮いている。報告、という言葉が近い。2001年後半からほぼ毎回現れる。

アオキが気づいた点がある。窓の一文の直前に、毎回一行分の空白がある。空白行の位置がハガキの右から3分の1で揃っている。数枚には、ペン先を紙に当てたまま書き出せなかった痕跡が見えた。

ハガキの右から3分の1の位置。縦書きの場合、それは宛名の書き出しに近い位置だ。

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04 / 主語の消失

2005年頃から、文体が変わる。

ハガキ書き起こし / 2006年8月
お茶を淹れました。虫が鳴いています。
窓は開けていません。

「私は」が消えている。冒頭の「タムラさんへ」も消え、いきなり本文が始まる。同じ時期にインクの線が細くなり、字が一回り小さくなり、右下に余白を残すようになっている。主語が消え、字が縮み、余白が広がる。少なくとも、良い変化ではない。

もう一つ。この時期のハガキに3回だけ「もう一人分のお茶を淹れました」と書かれている。2005年12月、2007年2月、2008年9月。30年間で同居人や来客の話が一度も出てこない人間が、この3回だけ「もう一人分」と書いている。

3回とも、窓の記述は「開けませんでした」になっている。

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05 / 取り壊しと、建物のない窓

差出人住所は30年間同じだ。アオキが調べたところ、該当する建物は2010年に取り壊されていた。

受信:アオキ / 追加報告
ストリートビューで見ました。コインパーキングです。過去の物件情報によると木造2階建て、4室のアパート。各部屋にベランダはなく、共用廊下側に窓が一つずつ。北向きです。
でも2010年以降もハガキは届いています。差出人住所がこの場所のままで。消印は実在の郵便局ですが、差出人住所の最寄り局じゃない。車で40分離れた別の町の局です。

ヨアケマエがすでにその住所に住んでおらず、別の場所から投函している。差出人住所は配達に影響しないから、宛先が正しければハガキは届く。ただ、なぜ存在しない旧住所を書き続けるのか。

取り壊しの前後で、一つだけ明確な変化がある。2010年以前、「開けました」と「開けませんでした」はほぼ半々だった。2010年以降、「開けました」がほぼ毎回になる。

北向きの、共用廊下に面した窓。その窓を開けることが半分の確率でしかできなかった人間が、建物がなくなった後に、毎回開けられるようになっている。

ハガキ書き起こし / 2012年5月
今夜は静かです。お茶がおいしいです。
今日も窓を開けました。前はこんなに簡単なことだと思っていませんでした。

この一文を、私は四度読んだ。四度目に、読むのをやめた。

翌週のハガキには「ありがとう」とだけ書かれていた。同じ時期に一枚だけ、「今朝は早かったです。まだ暗いうちに出ました。空気が冷たいと、自分が歩いていることがよくわかります」と書かれたハガキがある。30年間で「出ました」という表現が使われたのは、この一枚だけだ。

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06 / タムラへの取材

元パーソナリティのタムラ氏に、アオキを通じて取材を申し込んだ。

取材メモ / タムラ氏(60代)
「ヨアケマエさんね。忘れようがないです。毎週届くんです。内容は静かで、特別なことは書いてない。でも届かなかった週は、一度もなかったと思います」

ハガキの廃棄について確認した。ヨアケマエのハガキだけが残されていたことに心当たりはあるか、と。

取材メモ / タムラ氏(続き)
「……ハガキの管理はスタッフがやっていました。ただ、一度だけ、倉庫の整理のときに『これは捨てないでくれ』と言ったことがあるかもしれません。いつだったかは覚えていません」

「あるかもしれません」。覚えていないのか、覚えていて言わないのか。どちらとも取れる口調だった。

タムラ氏の番組には「夜明け前がいちばん暗い」という定型フレーズがあった。アオキに依頼して、このフレーズの使用タイミングとハガキの内容を照合してもらった。

受信:アオキ / 返信
放送記録とハガキが揃っている17週を照合しました。ヨアケマエが「開けませんでした」と書いた翌週の放送が確認できたのは9回。9回中8回で、タムラさんがあのフレーズを使っていました。逆に「開けました」の翌週は8回中1回だけでした。

9回中8回。タムラ氏にこの数字を伝えた。40秒ほどの沈黙があった。

取材メモ / タムラ氏(続き)
「意識的に、というのとは違います。あの人のハガキを読んだ週は、自然とああいう言葉が出てきました」
「……もう一つ言うと、あの人のハガキに『ありがとう』とだけ書いてある回が、ときどきあったんです。それがどの週の後に届いているか、私は当時も気づいていました。気づいた上で、何もしなかった。それが正しかったのかは、今でもわかりません」

この返答のあと、私は5分ほど何もメモを取れなかった。この人もまた何かを抱えたまま20年を過ごしたのだという感触が、しばらくペンを握る手を止めた。

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07 / あの部屋のこと

2015年頃から、文体が変わる。主語が復活し、宛名が戻り、インクの線にわずかに力が戻る。1990年代とほぼ同じトーンだ。ただし「窓」の記述が完全に消えている。

代わりに、本文と脈絡のない一文が年に一度ほど現れるようになる。

受信:アオキ / 追加報告
2015年から2024年のハガキに、本文と関係ない一文が唐突に出てくるのが5回あります。

2016年10月「あの部屋のことは、もう夢に出ません。」
2018年3月「音がしなくなりました。」
2019年8月「鍵は関係ありません。」
2021年1月「名前を呼ばれなくなって、楽になりました。」
2023年6月「許す必要はないと、やっとわかりました。」

全部、直前の文章と繋がっていません。読んでいて、急に別の時間から声が届いたみたいに感じました。

5つのうち4つは、過去の状態が変わったことを述べている。「夢に出ません」「音がしなくなりました」「呼ばれなくなって」「わかりました」。以前はそうだったが、今はそうではない、という報告だ。

3番目だけが違う。「鍵は関係ありません」。これだけが変化ではなく否定だ。鍵があったかどうかは問題ではない、と。他の4つが「今はもう大丈夫」と言っているのに対して、この一文だけが、誰かの誤解を——あるいは、よくある想像を——退けている。

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08 / 最後のハガキ

閉局の正式発表は2025年4月11日。ヨアケマエの最後のハガキの消印は、前日の4月10日だった。

受信:アオキ / 補足
プレスリリースは10日に配信しましたが一般には非公開です。ヨアケマエのハガキは10日の消印で、内容的に閉局を知っている書き方です。局内の人間にしかわからないタイミングです。

この点について、一つだけ可能性がある。だが今はそれを書かない。

ハガキ書き起こし / 2025年4月
長い間ありがとうございました。届いていたかどうかわかりませんが、届いていたらうれしいです。窓は、今日も開いています。

10年ぶりに「窓」が書かれていた。

受信:アオキ / 最終報告
消印も差出人住所も、これまでと同じです。一つだけ違ったのは、宛名面の隅に小さく花の絵が描いてあったことです。花弁が5枚で、細い茎に一輪だけ。直径1センチくらいの小さい花です。丁寧に描いてありました。30年分で、絵が描かれているのはこの一枚だけです。
これが368枚目でした。
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09 / 不自然点の整理
確認できること
  • ヨアケマエは30年間、ほぼ毎週ハガキを投稿し続けた。筆跡の経年変化から同一人物と判断できる
  • 局では数年おきにハガキの廃棄が行われていたが、ヨアケマエの368枚だけが別の棚に単体で保管されていた
  • 差出人住所の建物は木造2階建て4室のアパートだったが、2010年に取り壊されている。以降もハガキは届き続けた
  • 消印の郵便局は差出人住所から40分離れた別の町のものである
  • 「窓を開けませんでした」の翌週にタムラ氏が定型フレーズを使用した確率は、確認できた9回中8回
  • 「もう一人分のお茶」が出現する3回は、いずれも「窓を開けませんでした」の回である
  • 最後のハガキは閉局の公式発表前日の消印である
確認できないこと
  • ヨアケマエの本名、性別、年齢
  • 「窓」が何を意味していたか
  • 閉局情報を発表前に知り得た経路
  • ハガキを廃棄対象から外した人物。タムラ氏は「言ったことがあるかもしれない」と述べるにとどまる
  • アオキが最初に数えた369枚目がどこへ行ったのか
気になる点
  • ハガキの内容がすべて深夜帯の出来事に限られている。30年間で、昼間の記述が一度もない
  • 断片フレーズ5つのうち、「鍵は関係ありません」だけが変化の報告ではなく否定文である
  • 窓の記述の直前に現れる空白行の位置が、縦書きにおける宛名の書き出し位置と一致する
  • タムラ氏は「気づいた上で、何もしなかった」と述べている。何に気づいていたのかは、語られていない
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10 / 記録を終えるにあたって

取材の最後に、タムラ氏がこう言った。「あの人は、聴いてもらっているだけでよかったんだと思います。ただ、どこかに届いている。それだけが必要だった人なんだと」

アオキからの最後のメールには、こう書かれていた。

受信:アオキ / 追記
368枚を全部読み終えました。最後に一つだけ気づいたことがあります。ヨアケマエのハガキは、30年間で一度も「昼」のことを書いていません。天気も、景色も、全部夜です。「昼間は暖かいらしいです」という表現はありました。でもそれ、自分で確かめた書き方じゃないんです。

この人は、昼の空気を知らなかったんじゃないですか。

その問いに対する答えを、私は持っていない。

ヨアケマエが何者で、なぜ30年間書き続け、窓がその人にとって何を意味していたのか。「鍵は関係ありません」とは何のことなのか。閉局を誰よりも早く知っていたのはなぜなのか。

断定できることは一つだけだ。ヨアケマエは、30年間、一度も返事を求めなかった。読まれたかどうかの確認も、自分が誰であるかの説明も、一度も書いていない。ただ送り続けた。存在しない住所から、届くかどうかもわからない場所へ。

最後のハガキに描かれていた花が何だったのか、アオキにも私にもわからなかった。
花弁が5枚の、小さな一輪。

30年間で一度も見せなかったものを、最後にだけ見せた、という事実だけが残っている。
管理人注 / 追加情報の募集 本記事に関する追加情報をお持ちの方は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
  • 差出人住所に該当する建物について情報をお持ちの方
  • 「ヨアケマエ」というラジオネームに、別の番組やメディアで遭遇した方
  • 閉局したコミュニティFM局の放送記録を保管している方
消印の郵便局がある町と、差出人住所のある町の間には、直通のバス路線が一本だけある。
そのバスの始発は午前5時だ。
夜明け前に走り始める路線だということを、記しておく。