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投稿者はフジタと名乗る20代の会社員だ。一通目のメールは夜の23時過ぎに送信されていた。
「具合が悪いと聞いたので」
そう言って、お粥を持ってきたんです。
文末が揃わず、改行の位置が不規則で、下書きを経ていない文体だった。
「具合が悪いと聞いたので」。誰に聞いたのか。フジタ氏はそれを尋ねそびれている。
フジタ氏はこのメールに部屋の写真を2枚添付してきた。リビングの全景と玄関の写真だ。侵入の形跡を示すためだろう。写真からは特に不審な点は読み取れなかった。
断りました。「大丈夫です」と言いました。でも「置いておくから」と言って、ドアの前に容器を置いて帰っていきました。
一時間くらい、玄関を見ていました。結局、夜に回収しました。食べてはいません。
あと、袋の中にメモが入っていました。便箋を四つ折りにしたもので、「無理しないでね」とだけ書いてありました。
ここで私は、フジタ氏に質問を返した。そのメモの筆跡はどういうものだったか、と。
便箋の柄について、この時点では何も言わなかった。
私は水切りかごを使いません。食器はシンクの横に直接置きます。
鍵は閉めていました。出るとき確認しています。
月曜と火曜は訪問。水曜はドアノブへの物品。木曜で室内に入っている。段階を踏んでいる——と私は読んだ。しかし、この「段階」が何に基づいているのかは、まだ分からなかった。
フジタ氏に、管理会社への連絡状況を確認した。
「声のトーンが変わった」。フジタ氏はその変化を正確に聞き取っている。管理会社は、何かを確認する必要があった。鍵の問題を、初めて聞いた話として処理していなかった可能性がある。
部屋の中を確認しました。何も動いていません。食器も、ベッドも、テーブルの上の物も。ただ匂いだけがある。
換気して30分で消えました。
このメールのあと、1時間ほど間が空いて、もう一通届いた。
引っ越してきたとき、据え付けの棚の最下段の奥に忘れ物がありました。レシートが何枚かと、コンビニの箸が1膳。前の住人のだろうと思いましたが、捨てるのも面倒でそのままにしていました。
さっき確認したら、なくなっていました。私は触っていません。
フジタ氏に、レシートに何が書いてあったか覚えているか聞いた。
レシートの内容は分からない。ただ、ここで重要なのはそこではない。この人物はフジタの持ち物には手を触れず、前の住人の痕跡だけを回収するように持ち去っている。
食器を洗うとき、この人物はフジタ氏の水切りかごを使った。フジタ氏自身は使わないかごを。もし、前の住人がかごを使う人間だったなら——この人物は、フジタの台所を見ているのではなく、以前ここにあった台所を見ていることになる。
フジタ氏の投稿に記載されたマンション名から、確認できる範囲で調べた。
管理会社は小規模な不動産管理会社だ。地域の口コミサイトにいくつか投稿がある。対応の評判は良くない。
次に、管理会社の対応経緯を整理する。フジタ氏が最初に電話したのは水曜日。折り返しの約束は守られなかった。木曜日に再度電話した際、鍵の話をした時点で「声のトーンが変わった」。そして金曜日の夜まで、回答がない。
この「間」が意味するものについて、土曜日に一つの情報が届いた。
すぐ交換の手配をすると言われました。費用は管理会社負担で。
シリンダーの未交換。前入居者、あるいはその関係者の合鍵が有効な状態だったことになる。管理会社が交換費用を負担すると即答した点も含め、過失の所在は明らかだろう。
ただ、私が気になったのは別のことだ。管理会社は水曜日から金曜日まで、何を「確認」していたのか。シリンダーの交換履歴を調べるだけなら、半日あれば済む。
この部屋で何が起きたか、管理会社は知っている。知っていて、それをフジタ氏に伝えるかどうかで迷っていた——というのは、推測にすぎない。
フジタ氏の部屋の住所で、事故物件の告知サイトに記録があった。
2024年。単身男性。室内で死亡。死因は記載されていない。発見までの日数——21日間。
これ以上の情報は公開されていない。フジタ氏が入居時にこの事実を告知されていたかどうかも、現時点では確認できていない。
21日間という数字について少し書く。3週間だ。その間、誰もこの部屋のドアを開けなかった。管理会社も、近隣住民も、そして——もし親族がいたとして、その人も。
フジタ氏の投稿を最初から読み返す。月曜日に女性が現れたとき、体調不良の初日だった。火曜日、二日目。水曜日、三日目。来なかったが、物は届いた。木曜日、四日目。室内に入った。
この人物は、不在が何日目かを数えている。
- フジタの部屋で前入居者が死亡しており、発見まで21日を要している
- シリンダーが未交換で、前入居者の合鍵が有効だった
- 訪問者はフジタの持ち物には触れず、前入居者の遺留品だけを回収した
- 食器の洗い方がフジタの習慣と一致しない
- 便箋の柄が訪問者の年齢層と一致しない
- 訪問者と前入居者の関係
- 女性がフジタの体調不良をどのように察知したか
- 前入居者の生前に、同様の訪問が行われていたかどうか
- 便箋が誰のものだったか——訪問者自身のものか、以前この部屋にあったものか
- 21日間の空白のあいだ、この女性がどこにいたか
- 訪問者の行動の一部が、フジタの生活ではなく「この部屋にかつて存在した生活」に向けられているように見える
- 管理会社がシリンダー未交換の事実を伝えるまでに3日を要している。調査にかかる時間としては不自然に長い
土曜日の午後に、フジタ氏から最後のメールが届いた。文体が、最初のメールと明らかに違っていた。改行の位置が整い、句点が増え、文の長さが揃い始めている。
このメールに対して、私は返信した。鍋は管理会社を通じて返却すること、直接の接触は控えること。
フジタ氏の返信は12時間後だった。
「たぶん」が付いている。
記録を終える前に、一つだけ書いておく。
フジタ氏のメールを時系列で並べると、ある変化に気づく。月曜日の一通目は「食べていません」と書いている。火曜日も「食べてはいません」。この時点では、食べ物と一緒に差し出されたものを拒絶している。
水曜日。メモの筆跡について「丁寧な字です」と書いている。便箋の柄について「ああいう便箋を使う年齢の方ではない」と書いている。相手を観察し始めている。
木曜日。食器を洗われたことへの記述は、恐怖よりも違和感の報告に近い。「私は水切りかごを使いません」。自分の習慣との差異を、冷静に記録している。
金曜日。レシートの消失を報告した後、追加のメールはなかった。
土曜日。「どんな人だったのか」。フジタ氏は、前入居者のことを知りたがっている。
6日間で、フジタ氏のメールの中から感嘆符が消え、疑問文が減り、代わりに短い肯定文が増えた。これが何を意味するのかについて、私からは何も言わない。
もう一つだけ。この人物の善意を疑う根拠は、今のところない。お粥を作り、煮物を届け、みかんを置き、食器を洗い、線香を焚く。それだけを並べれば、世話をしている人にしか見えない。しかしその善意は21日間、届かなかった日がある。その日数を、この人物はおそらく正確に覚えている。月曜日から数え始めたことの意味を、そこに重ねて読むかどうかは、読む人に委ねる。
- 2024年に同マンションで発生した事案について情報をお持ちの方
- 単身の入居者に対し、求めていない訪問や差し入れが繰り返された経験のある方
- 自分の部屋に、前の住人の痕跡が残っていたことのある方
最後に一点だけ。フジタ氏の最終メールを受け取った翌朝、このブログに一件のアクセスがあった。フジタ氏に掲載前の原稿確認として送ったURLからのアクセスだが、フジタ氏が使用している端末とは異なるOSからのアクセスだった。フジタ氏には、そのURLを誰かに転送したか確認した。返信は、まだ来ていない。