記録されなかった話。

どこにも残らなかったはずの話を、記録という形で保管しています。 本ブログはAIによる創作ホラーモキュメンタリーです。

隣の棟から来る人

CASE-015 / 未解決
管理人注記 以下は2025年12月に本ブログへ寄せられた投稿メールおよび補足資料をもとにまとめたものです。
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
01 / 最初の投稿
2025年12月 / 本ブログへの投稿メール

投稿者はフジタと名乗る20代の会社員だ。一通目のメールは夜の23時過ぎに送信されていた。

投稿者:フジタ / 原文
今すぐ誰かに伝えておきたくて送ります。まとまっていなくてすみません。
一人暮らしです。今の部屋に越してきて10ヶ月になります。1Kの、特に何の特徴もないマンションです。
6日前の月曜日、風邪で会社を休みました。一日中ベッドにいて、夕方ごろインターホンが鳴りました。出ると、知らない女性が立っていました。60代くらいの、小柄な方です。手に鍋を持っていました。

「具合が悪いと聞いたので」

そう言って、お粥を持ってきたんです。
誰にも言っていません。会社には朝、メールで休みの連絡を入れましたが、体調不良としか書いていないし、同僚に住所を教えたこともありません。
驚いて、「どなたですか」と聞きました。女性は少し笑って、「お隣の棟にいる者です」と言いました。鍋を差し出されて、反射的に受け取ってしまいました。礼を言って、ドアを閉めました。お粥は食べていません。

文末が揃わず、改行の位置が不規則で、下書きを経ていない文体だった。

「具合が悪いと聞いたので」。誰に聞いたのか。フジタ氏はそれを尋ねそびれている。

フジタ氏はこのメールに部屋の写真を2枚添付してきた。リビングの全景と玄関の写真だ。侵入の形跡を示すためだろう。写真からは特に不審な点は読み取れなかった。

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02 / 火曜日から木曜日
投稿者:フジタ / 原文(続き)
翌日、火曜日。同じ時間帯にまたインターホンが鳴りました。同じ女性です。今度はプラスチック容器に入った煮物でした。「食べられそうなものを作ったから」と。

断りました。「大丈夫です」と言いました。でも「置いておくから」と言って、ドアの前に容器を置いて帰っていきました。

一時間くらい、玄関を見ていました。結局、夜に回収しました。食べてはいません。
投稿者:フジタ / 原文(続き)
水曜日は来ませんでした。インターホンは鳴りませんでした。少し体調が戻ったので午後から出勤して、夜に帰宅したら、ドアノブにビニール袋がかかっていました。みかんが4つと、のど飴。

あと、袋の中にメモが入っていました。便箋を四つ折りにしたもので、「無理しないでね」とだけ書いてありました。

ここで私は、フジタ氏に質問を返した。そのメモの筆跡はどういうものだったか、と。

受信:フジタ / 返信
丁寧な字です。丁寧だけど、少し震えている感じがしました。年配の方の字だと思います。あと、便箋がちょっと変というか。柄が若いんです。クマのキャラクターみたいな。ああいう便箋を使う年齢の方ではないと思いました。

便箋の柄について、この時点では何も言わなかった。

投稿者:フジタ / 原文(続き)
木曜日です。朝、出勤前にシンクに茶碗とマグカップを浸けたまま家を出ました。帰宅したら洗ってありました。水切りかごの上に、伏せた状態で並んでいました。

私は水切りかごを使いません。食器はシンクの横に直接置きます。

鍵は閉めていました。出るとき確認しています。

月曜と火曜は訪問。水曜はドアノブへの物品。木曜で室内に入っている。段階を踏んでいる——と私は読んだ。しかし、この「段階」が何に基づいているのかは、まだ分からなかった。

フジタ氏に、管理会社への連絡状況を確認した。

受信:フジタ / 返信
水曜の時点で電話しました。「近隣トラブル窓口」に回されて、折り返すと言われました。木曜の件でもう一度電話して、鍵のことを話したら、声のトーンが変わりました。「確認しますので少しお待ちください」と言われたきり、2日経っています。

「声のトーンが変わった」。フジタ氏はその変化を正確に聞き取っている。管理会社は、何かを確認する必要があった。鍵の問題を、初めて聞いた話として処理していなかった可能性がある。

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03 / 金曜日
投稿者:フジタ / 追加報告
今日、金曜です。帰宅して、玄関のドアを開けた瞬間、線香の匂いがしました。はっきりと線香です。祖母の家で嗅いだことがある、あの匂い。

部屋の中を確認しました。何も動いていません。食器も、ベッドも、テーブルの上の物も。ただ匂いだけがある。

換気して30分で消えました。

このメールのあと、1時間ほど間が空いて、もう一通届いた。

投稿者:フジタ / 追加報告(2通目)
すみません、もう一つ。

引っ越してきたとき、据え付けの棚の最下段の奥に忘れ物がありました。レシートが何枚かと、コンビニの箸が1膳。前の住人のだろうと思いましたが、捨てるのも面倒でそのままにしていました。

さっき確認したら、なくなっていました。私は触っていません。

フジタ氏に、レシートに何が書いてあったか覚えているか聞いた。

受信:フジタ / 返信
いや、覚えていないです。コンビニのレシートだったと思います。何枚かあった気がするけど、2枚だったか3枚だったかも正直あやしいです。中身は見ていません。

レシートの内容は分からない。ただ、ここで重要なのはそこではない。この人物はフジタの持ち物には手を触れず、前の住人の痕跡だけを回収するように持ち去っている。

食器を洗うとき、この人物はフジタ氏の水切りかごを使った。フジタ氏自身は使わないかごを。もし、前の住人がかごを使う人間だったなら——この人物は、フジタの台所を見ているのではなく、以前ここにあった台所を見ていることになる。

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04 / 管理人による調査

フジタ氏の投稿に記載されたマンション名から、確認できる範囲で調べた。

管理会社は小規模な不動産管理会社だ。地域の口コミサイトにいくつか投稿がある。対応の評判は良くない。

次に、管理会社の対応経緯を整理する。フジタ氏が最初に電話したのは水曜日。折り返しの約束は守られなかった。木曜日に再度電話した際、鍵の話をした時点で「声のトーンが変わった」。そして金曜日の夜まで、回答がない。

この「間」が意味するものについて、土曜日に一つの情報が届いた。

受信:フジタ / 返信
管理会社から連絡がありました。「シリンダーの交換履歴を確認したところ、前回の入居者退去時に交換の記録がない」と。

すぐ交換の手配をすると言われました。費用は管理会社負担で。

シリンダーの未交換。前入居者、あるいはその関係者の合鍵が有効な状態だったことになる。管理会社が交換費用を負担すると即答した点も含め、過失の所在は明らかだろう。

ただ、私が気になったのは別のことだ。管理会社は水曜日から金曜日まで、何を「確認」していたのか。シリンダーの交換履歴を調べるだけなら、半日あれば済む。

この部屋で何が起きたか、管理会社は知っている。知っていて、それをフジタ氏に伝えるかどうかで迷っていた——というのは、推測にすぎない。

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05 / 空白の21日間

フジタ氏の部屋の住所で、事故物件の告知サイトに記録があった。

2024年。単身男性。室内で死亡。死因は記載されていない。発見までの日数——21日間。

これ以上の情報は公開されていない。フジタ氏が入居時にこの事実を告知されていたかどうかも、現時点では確認できていない。

21日間という数字について少し書く。3週間だ。その間、誰もこの部屋のドアを開けなかった。管理会社も、近隣住民も、そして——もし親族がいたとして、その人も。

フジタ氏の投稿を最初から読み返す。月曜日に女性が現れたとき、体調不良の初日だった。火曜日、二日目。水曜日、三日目。来なかったが、物は届いた。木曜日、四日目。室内に入った。

この人物は、不在が何日目かを数えている。

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06 / 不自然点の整理
確認できること
  • フジタの部屋で前入居者が死亡しており、発見まで21日を要している
  • シリンダーが未交換で、前入居者の合鍵が有効だった
  • 訪問者はフジタの持ち物には触れず、前入居者の遺留品だけを回収した
  • 食器の洗い方がフジタの習慣と一致しない
  • 便箋の柄が訪問者の年齢層と一致しない
確認できないこと
  • 訪問者と前入居者の関係
  • 女性がフジタの体調不良をどのように察知したか
  • 前入居者の生前に、同様の訪問が行われていたかどうか
  • 便箋が誰のものだったか——訪問者自身のものか、以前この部屋にあったものか
  • 21日間の空白のあいだ、この女性がどこにいたか
気になる点
  • 訪問者の行動の一部が、フジタの生活ではなく「この部屋にかつて存在した生活」に向けられているように見える
  • 管理会社がシリンダー未交換の事実を伝えるまでに3日を要している。調査にかかる時間としては不自然に長い
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07 / 6日目

土曜日の午後に、フジタ氏から最後のメールが届いた。文体が、最初のメールと明らかに違っていた。改行の位置が整い、句点が増え、文の長さが揃い始めている。

投稿者:フジタ / 最終メール
シリンダーの交換は昨夜終わりました。新しい鍵で施錠しました。
管理会社に、前の入居者のことを聞きました。「お亡くなりになっています」とだけ言われました。それ以上は教えてもらえませんでした。
たぶんそういうことなんだろうと思います。
あの方に一つ聞きたいことがあります。自分のことより先に、前にここにいた方のことを聞きたいんです。どんな人だったのか。
月曜にもらった鍋を、まだ返していません。洗ってあります。

このメールに対して、私は返信した。鍋は管理会社を通じて返却すること、直接の接触は控えること。

フジタ氏の返信は12時間後だった。

受信:フジタ / 返信
ありがとうございます。たぶん、そうしたほうがいいんだと思います。

「たぶん」が付いている。

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08 / 記録を終えるにあたって

記録を終える前に、一つだけ書いておく。

フジタ氏のメールを時系列で並べると、ある変化に気づく。月曜日の一通目は「食べていません」と書いている。火曜日も「食べてはいません」。この時点では、食べ物と一緒に差し出されたものを拒絶している。

水曜日。メモの筆跡について「丁寧な字です」と書いている。便箋の柄について「ああいう便箋を使う年齢の方ではない」と書いている。相手を観察し始めている。

木曜日。食器を洗われたことへの記述は、恐怖よりも違和感の報告に近い。「私は水切りかごを使いません」。自分の習慣との差異を、冷静に記録している。

金曜日。レシートの消失を報告した後、追加のメールはなかった。

土曜日。「どんな人だったのか」。フジタ氏は、前入居者のことを知りたがっている。

6日間で、フジタ氏のメールの中から感嘆符が消え、疑問文が減り、代わりに短い肯定文が増えた。これが何を意味するのかについて、私からは何も言わない。

もう一つだけ。この人物の善意を疑う根拠は、今のところない。お粥を作り、煮物を届け、みかんを置き、食器を洗い、線香を焚く。それだけを並べれば、世話をしている人にしか見えない。しかしその善意は21日間、届かなかった日がある。その日数を、この人物はおそらく正確に覚えている。月曜日から数え始めたことの意味を、そこに重ねて読むかどうかは、読む人に委ねる。

管理人注 / 追加情報の募集 本記事に関する追加情報をお持ちの方は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
  • 2024年に同マンションで発生した事案について情報をお持ちの方
  • 単身の入居者に対し、求めていない訪問や差し入れが繰り返された経験のある方
  • 自分の部屋に、前の住人の痕跡が残っていたことのある方
鍋は、まだ返却されていない。

最後に一点だけ。フジタ氏の最終メールを受け取った翌朝、このブログに一件のアクセスがあった。フジタ氏に掲載前の原稿確認として送ったURLからのアクセスだが、フジタ氏が使用している端末とは異なるOSからのアクセスだった。フジタ氏には、そのURLを誰かに転送したか確認した。返信は、まだ来ていない。