記録されなかった話。

どこにも残らなかったはずの話を、記録という形で保管しています。 本ブログはAIによる創作ホラーモキュメンタリーです。

結び目

CASE-017 / 未解決
管理人注記 以下は2026年2月に本ブログへ寄せられた投稿メールおよび添付写真をもとにまとめたものです。
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
01 / 最初の投稿
2026年2月 / 本ブログへの投稿メール

投稿者はクドウと名乗る20代の男性だ。単独でのハイキングが趣味で、関東近郊の低山を週末に歩いているという。

以下、原文をほぼそのまま掲載する。

投稿者:クドウ / 原文
去年の11月のことです。いつもの山に行きました。標高700メートルくらいの、よく整備された低山です。何度も歩いているコースなんですが、その日は途中で道を間違えて、尾根筋から少し外れた北側の斜面に出ました。
踏み跡のない杉の植林帯です。GPSで現在地を確認して引き返そうとしたとき、斜面の少し上に小さな祠があるのが見えました。
石の土台に木の屋根が載っている、よくある山の祠です。ただ、周囲の枝に白い紐が何本も結んでありました。数えたら9本。古く褪せたものと、まだ真新しいものが混在していました。結び方はすべて同じです。登山道から外れた、踏み跡もない場所に、誰かが定期的に来ている。
祠の中に、ノートが一冊ありました。B5の大学ノート、表紙には何も書いてありません。ビニール袋に入れてあって、湿気を避けるようにしてありました。中を開くと、日付と短い文が十数件、同じ筆跡で書かれていました。
山頂の記帳ノートと同じ類のものだろうと最初は思いました。内容が気になったので、写真を7枚撮りました。ノートを元に戻して、帰りました。
帰ってから写真を見返していて、最後のページを撮り忘れたことに気づきました。そのときはそれだけだったんですが、写真を拡大してみたら、最後に撮った写真の端に、めくれた次のページの文字が少しだけ見切れていました。日付だけ読めました。「2025.11.」まで見えて、その先は切れています。
自分がその山に行ったのは、11月16日です。

クドウ氏のメールには、「心霊スポットの記録なのか、何かの信仰なのか、よくわからなくて気味が悪い」と書かれていた。怖がっている、というよりも、判断がつかないことへの居心地の悪さに近い文体だった。

祠の位置はGPSのログとともに送られてきたが、本記事では公開しない。

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02 / ノートの内容
資料:クドウ氏撮影の写真7点

送られてきた写真を確認した。筆跡はすべて同一。黒のボールペンで、やや右上がりの癖がある。文は短く、感情を示す言葉がほとんどない。

写真を拡大して気づいたことがある。前半の記述は筆圧が深く、紙の裏に凹みが透けている。後半に進むにつれ線が細く、薄くなっている。同じペンで書いていても、手が変わっている。年単位の変化がそこにある。

使われているのはノートの最初の数ページだけで、残りの大半は白紙だった。

以下、読み取れた記述を時系列で書き起こす。

ノート書き起こし
2018.11.3
見つけた。男。うつ伏せで動いている。
2019.2.8
まだいる。痩せた。声は出さなくなった。
2019.8.(日付不明)
いなくなっていた。紐を結んだ。
2020.6.15
新しいのがいる。今度は女。座っている。
2020.9.20
動かなくなっていた。前より早い。紐を結んだ。
2022.3.8
しばらく誰も来なかった。
2023.10.1
また来た。若い男。まだ元気そう。
2024.1.14
動かない。目は開いている。
2024.1.22
紐を結んだ。

これだけだ。記述は全部で9件。最も古いものが2018年、最も新しいものが2024年。6年間で3名の存在が記録されている。

最初に読んだとき、私はクドウ氏と同じ印象を持った。山中の祠に現れる「何か」の目撃記録。霊なのか、獣なのか。「見つけた」「まだいる」「いなくなっていた」という言い方は、定点観測に近い。筆者はこの場所に通い、何かの出没を記録している。そういう話だと思った。

ただ、二箇所引っかかった。

ひとつは「前より早い」。2人目について、筆者は1人目との比較をしている。「動かなくなるまでの期間」を比べている。

もうひとつは「しばらく誰も来なかった」。この一文は、2020年9月から2023年10月まで、約3年の空白を挟んで書かれている。「来なかった」という書き方は、来ることを前提にしている。待っていた、ということだ。

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03 / 遭難記録

ノートの日付が気になった。具体的すぎる。信仰や供養の記録であれば、日付はもう少し曖昧になるか、暦に沿うはずだ。このノートの日付は、筆者がその場所を訪れた日をそのまま記録している。

私は、該当する山域の遭難・行方不明の記録を調べた。

2019年2月——同山域の沢筋で、男性の白骨遺体が発見されている。年齢は50代後半と推定。単独登山中の遭難として処理された。発見場所は、クドウ氏がGPSで記録した祠の位置から直線距離で約300メートル。遺体の状態と発見時期から、前年秋の遭難と推定されていた。ノートの「2018.11.3」と時期が合う。

2021年4月——同山域で女性の遺体が発見されている。40代前半。死因は低体温症および衰弱。単独行で、登山届は出されていなかった。ノートの「2020.6.15」と合致する。発見場所は祠から尾根を挟んで反対側の斜面だった。

2024年5月——同山域で20代男性の行方不明届が出されている。単独登山。現在も未発見。ノートの「2023.10.1」と合致する。

3件の記録と、ノートの3名が、時期・性別ともに一致した。断定はできない。しかし、一致する数が多すぎる。

この情報を踏まえてノートを読み直せば、何が書いてあるかは読者にも見えるだろう。

一点だけ指摘しておく。筆者は通報していない。3人目の若い男性は、今も見つかっていない。ノートには「2024.1.22 紐を結んだ」とだけ書かれている。遺体が発見されていないのに紐を結んでいるのは、3人目だけだ。

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04 / 最後のページ

私はクドウ氏に追加の確認をした。最後のページを、もう一度現地で確認できないかと。

3日後、返信があった。

受信:クドウ / 返信
すみません、言っていないことがありました。
実は12月に入ってから、もう一回行っています。最後のページが気になって。
ノートはまだありました。同じ場所に、同じように置いてありました。最後のページを開きました。日付は、2025.11.16でした。僕が最初に行った日です。
その横に、短く書いてありました。

私は「何と書いてありましたか」と聞いた。

受信:クドウ / 返信
「まだ元気そう。」
それだけです。

ノートのこれまでの記述を思い出してほしい。「まだ元気そう」は、3人目の若い男性についても使われていた。そしてその3ヶ月後、「動かない。目は開いている」と書かれている。

沈黙のあと、もう一通。

受信:クドウ / 返信
2回目に行ったとき、紐が増えていました。9本だったのが10本になっている。新しく結ばれたのは赤い紐で、まだ色が鮮やかでした。結び方は他の9本と同じです。
あと、これは気のせいかもしれないんですが、ノートを読んでいるとき、少し上の斜面で枝が鳴りました。風はなかったと思います。

私はクドウ氏に二つのことを確認した。ひとつは、当面あの山には入らないでほしいということ。

もうひとつ。

送信:管理人 → クドウ
2回目に行ったとき、ノートに何か書き足しましたか。
受信:クドウ / 返信
書いていません。

この返答について、私は判断を保留する。

なお、紐の色が変わっている点は気になった。それまですべて白だったものに、1本だけ赤が加わっている。ノートのどこにも、色についての言及はない。

未発見の男性については、ノートの記述と祠の位置情報を添えて所轄に情報提供を行った。

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05 / 筆者について

ノートの筆者を特定する手がかりは少ない。わかっていることは、同じ山域に少なくとも6年間定期的に通っていること、祠を自ら設置または管理していること、遭難者の存在に気づきながら通報しなかったこと、そして死後に紐を結んでいること。

行為だけを並べれば異様だが、ノートの文体には、狂気や悪意を示すものがない。淡々としている。記録者としての姿勢が一貫している。それが余計に不気味だ。

私は地元の山岳会に問い合わせた。当該山域を長年歩いている人物について聞きたい、と伝えたところ、事務局の担当者がひとり心当たりがあると言った。

山岳会事務局 / 電話での聞き取り
「名前は出せませんが、80を過ぎた方です。もう10年以上前に退会されています。現役のころはあの山域ばかり歩いていました。道のない場所も含めて、あの辺りのことは誰より詳しかったと思います。ただ、もともと一人で動く方で、会の活動にもあまり顔を出さなくなって、いつの間にか退会届が届いていた、という感じです。理由は書かれていませんでした。」
「今も山に入っていますか。」
「わかりません。連絡先はもう変わっていて、届きません。」
「その方のことを聞いてきたのは、私が初めてですか。」
少し黙ってから、「いいえ」と言った。それ以上は聞けなかった。

ノートの筆跡と退会届の筆跡を照合できないか試みた。しかしクドウ氏の写真はノートに斜めの角度でフラッシュが反射しており、筆跡鑑定に耐える精度ではなかった。

仮にこの人物がノートの筆者だとして、80代で今もあの踏み跡のない斜面を、紐を持って通い続けていることになる。

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06 / 整理
確認できること
  • ノートの記述3件と、同山域の遭難・行方不明記録3件が、時期・性別ともに一致する
  • 筆者は対象を「見つけた」後、複数回にわたって状態の変化を記録している
  • 筆者は通報していない
  • 対象が「動かなくなった」後、毎回「紐を結んだ」と記録している
  • 祠の紐は9本。ノートに「紐を結んだ」と書かれているのは3回。残り6本の由来は不明
  • クドウ氏の2回目の訪問時、紐が10本に増えており、新しい1本だけが赤い
確認できないこと
  • ノートの筆者が誰であるか
  • 筆者が対象に接触したかどうか
  • 記録されていた対象が遭難者本人であったかどうか
  • 白紙ページに残った4桁の筆圧痕が何であるか
気になる点
  • 「しばらく誰も来なかった」は、来ることを前提にした書き方である
  • 「前より早い」は、死に至る期間を比較している
  • クドウ氏の訪問日がノートに記録され、「まだ元気そう」と書かれている
  • クドウ氏は2回目の訪問を最初の投稿で伏せていた
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07 / 記録を終えるにあたって

クドウ氏に「もう山には行かないでほしい」と伝えた翌日、最後のメールが届いた。

受信:クドウ / 最後のメール
わかりました。行きません。
ただ、ひとつだけ聞いてもいいですか。2回目に行ったとき、ノートの最後のページの次に、もう1ページありました。白紙でした。
白紙だったんですけど、ページの上のほうに、うっすら筆圧の跡みたいなのがあったんです。前のページで書いたときの力が移ったのかもしれません。
読めなかったんですが、数字が4つ並んでいるように見えました。年号だと思います。

このメールを最後に、クドウ氏からの連絡は途絶えていない。行かないという約束は、今のところ守られているようだ。

ただ、クドウ氏が「最後のページが気になって」2回目に行ったように、この記事を読んだ誰かもまた、「確かめたくなる」かもしれない。祠がどこにあるのか。ノートに何が書いてあるのか。紐が今、何本になっているのか。

その衝動がどこから来るのかについて、私は考えたくない。

白紙のページに残った4桁の数字が何を意味するかは、確認できていない。
管理人注 / 追加情報の募集 本記事に関する追加情報をお持ちの方は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
  • 登山道のない山中で、枝に紐が結ばれた祠を見たことがある方
  • 同山域で遭難者の捜索に関わった経験のある方
祠の位置は公開しない。この記事を読んだ誰かが現地を訪れれば、ノートに新しい記述が加わることになる。

ノートの記述は9件だった。紐は9本だった。10本目は赤い。
11本目が何色になるかを、私は知りたくない。