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投稿者はクドウと名乗る20代の男性だ。単独でのハイキングが趣味で、関東近郊の低山を週末に歩いているという。
以下、原文をほぼそのまま掲載する。
クドウ氏のメールには、「心霊スポットの記録なのか、何かの信仰なのか、よくわからなくて気味が悪い」と書かれていた。怖がっている、というよりも、判断がつかないことへの居心地の悪さに近い文体だった。
祠の位置はGPSのログとともに送られてきたが、本記事では公開しない。
送られてきた写真を確認した。筆跡はすべて同一。黒のボールペンで、やや右上がりの癖がある。文は短く、感情を示す言葉がほとんどない。
写真を拡大して気づいたことがある。前半の記述は筆圧が深く、紙の裏に凹みが透けている。後半に進むにつれ線が細く、薄くなっている。同じペンで書いていても、手が変わっている。年単位の変化がそこにある。
使われているのはノートの最初の数ページだけで、残りの大半は白紙だった。
以下、読み取れた記述を時系列で書き起こす。
見つけた。男。うつ伏せで動いている。
まだいる。痩せた。声は出さなくなった。
いなくなっていた。紐を結んだ。
新しいのがいる。今度は女。座っている。
動かなくなっていた。前より早い。紐を結んだ。
しばらく誰も来なかった。
また来た。若い男。まだ元気そう。
動かない。目は開いている。
紐を結んだ。
これだけだ。記述は全部で9件。最も古いものが2018年、最も新しいものが2024年。6年間で3名の存在が記録されている。
最初に読んだとき、私はクドウ氏と同じ印象を持った。山中の祠に現れる「何か」の目撃記録。霊なのか、獣なのか。「見つけた」「まだいる」「いなくなっていた」という言い方は、定点観測に近い。筆者はこの場所に通い、何かの出没を記録している。そういう話だと思った。
ただ、二箇所引っかかった。
ひとつは「前より早い」。2人目について、筆者は1人目との比較をしている。「動かなくなるまでの期間」を比べている。
もうひとつは「しばらく誰も来なかった」。この一文は、2020年9月から2023年10月まで、約3年の空白を挟んで書かれている。「来なかった」という書き方は、来ることを前提にしている。待っていた、ということだ。
ノートの日付が気になった。具体的すぎる。信仰や供養の記録であれば、日付はもう少し曖昧になるか、暦に沿うはずだ。このノートの日付は、筆者がその場所を訪れた日をそのまま記録している。
私は、該当する山域の遭難・行方不明の記録を調べた。
2019年2月——同山域の沢筋で、男性の白骨遺体が発見されている。年齢は50代後半と推定。単独登山中の遭難として処理された。発見場所は、クドウ氏がGPSで記録した祠の位置から直線距離で約300メートル。遺体の状態と発見時期から、前年秋の遭難と推定されていた。ノートの「2018.11.3」と時期が合う。
2021年4月——同山域で女性の遺体が発見されている。40代前半。死因は低体温症および衰弱。単独行で、登山届は出されていなかった。ノートの「2020.6.15」と合致する。発見場所は祠から尾根を挟んで反対側の斜面だった。
2024年5月——同山域で20代男性の行方不明届が出されている。単独登山。現在も未発見。ノートの「2023.10.1」と合致する。
3件の記録と、ノートの3名が、時期・性別ともに一致した。断定はできない。しかし、一致する数が多すぎる。
この情報を踏まえてノートを読み直せば、何が書いてあるかは読者にも見えるだろう。
一点だけ指摘しておく。筆者は通報していない。3人目の若い男性は、今も見つかっていない。ノートには「2024.1.22 紐を結んだ」とだけ書かれている。遺体が発見されていないのに紐を結んでいるのは、3人目だけだ。
私はクドウ氏に追加の確認をした。最後のページを、もう一度現地で確認できないかと。
3日後、返信があった。
私は「何と書いてありましたか」と聞いた。
ノートのこれまでの記述を思い出してほしい。「まだ元気そう」は、3人目の若い男性についても使われていた。そしてその3ヶ月後、「動かない。目は開いている」と書かれている。
沈黙のあと、もう一通。
私はクドウ氏に二つのことを確認した。ひとつは、当面あの山には入らないでほしいということ。
もうひとつ。
この返答について、私は判断を保留する。
なお、紐の色が変わっている点は気になった。それまですべて白だったものに、1本だけ赤が加わっている。ノートのどこにも、色についての言及はない。
未発見の男性については、ノートの記述と祠の位置情報を添えて所轄に情報提供を行った。
ノートの筆者を特定する手がかりは少ない。わかっていることは、同じ山域に少なくとも6年間定期的に通っていること、祠を自ら設置または管理していること、遭難者の存在に気づきながら通報しなかったこと、そして死後に紐を結んでいること。
行為だけを並べれば異様だが、ノートの文体には、狂気や悪意を示すものがない。淡々としている。記録者としての姿勢が一貫している。それが余計に不気味だ。
私は地元の山岳会に問い合わせた。当該山域を長年歩いている人物について聞きたい、と伝えたところ、事務局の担当者がひとり心当たりがあると言った。
ノートの筆跡と退会届の筆跡を照合できないか試みた。しかしクドウ氏の写真はノートに斜めの角度でフラッシュが反射しており、筆跡鑑定に耐える精度ではなかった。
仮にこの人物がノートの筆者だとして、80代で今もあの踏み跡のない斜面を、紐を持って通い続けていることになる。
- ノートの記述3件と、同山域の遭難・行方不明記録3件が、時期・性別ともに一致する
- 筆者は対象を「見つけた」後、複数回にわたって状態の変化を記録している
- 筆者は通報していない
- 対象が「動かなくなった」後、毎回「紐を結んだ」と記録している
- 祠の紐は9本。ノートに「紐を結んだ」と書かれているのは3回。残り6本の由来は不明
- クドウ氏の2回目の訪問時、紐が10本に増えており、新しい1本だけが赤い
- ノートの筆者が誰であるか
- 筆者が対象に接触したかどうか
- 記録されていた対象が遭難者本人であったかどうか
- 白紙ページに残った4桁の筆圧痕が何であるか
- 「しばらく誰も来なかった」は、来ることを前提にした書き方である
- 「前より早い」は、死に至る期間を比較している
- クドウ氏の訪問日がノートに記録され、「まだ元気そう」と書かれている
- クドウ氏は2回目の訪問を最初の投稿で伏せていた
クドウ氏に「もう山には行かないでほしい」と伝えた翌日、最後のメールが届いた。
このメールを最後に、クドウ氏からの連絡は途絶えていない。行かないという約束は、今のところ守られているようだ。
ただ、クドウ氏が「最後のページが気になって」2回目に行ったように、この記事を読んだ誰かもまた、「確かめたくなる」かもしれない。祠がどこにあるのか。ノートに何が書いてあるのか。紐が今、何本になっているのか。
その衝動がどこから来るのかについて、私は考えたくない。
- 登山道のない山中で、枝に紐が結ばれた祠を見たことがある方
- 同山域で遭難者の捜索に関わった経験のある方
ノートの記述は9件だった。紐は9本だった。10本目は赤い。
11本目が何色になるかを、私は知りたくない。