
CASE-050 / 未解決
管理人注記 以下は2026年2月に本ブログへ寄せられた投稿メールおよび補足資料をもとに、管理人が追加調査を行いまとめたものです。
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
01 / 最初の投稿
2026年2月 / 本ブログへの投稿メール
投稿者はノムラと名乗る50代の女性だ。3年前に亡くなった夫について相談したい、と書かれていた。
はじめまして。亡くなった夫のことで、誰かに聞いてもらいたくてメールしました。
夫は3年前に病気で亡くなりました。58歳でした。最後の2ヶ月は入退院を繰り返して、あまり会話ができないまま逝きました。
書斎にはずっと手をつけられなかったんですが、先月ようやく整理を始めました。本棚と壁のあいだに隙間があって、そこから輪ゴムで束ねられたレシートの束が出てきました。
全部同じ花屋のレシートです。品目は「花束」。何年分あるか正確には分からないんですが、古いものはかなり日焼けしていて、新しいものは白いままです。かなりの枚数です。
夫は私に一度も花を贈ったことがありません。一度もです。記念日にも、誕生日にも。そういう人でした。不器用で、口下手で、気持ちを形にするのが苦手な人だと、私はずっとそう思っていました。
花を買っていたんです。ずっと。私以外の誰かに。
最後の一文に、乾いた確信があった。怒りではなく、諦めに似た温度だ。ここに送ってくる前に、一度この結論を飲み込んでいる人の文章だと思った。
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02 / レシートの中身
枚数と状態を確認してもらった。
数えました。214枚です。一番古いものは2005年の11月、一番新しいものは2023年の7月です。夫が亡くなったのは2023年の9月ですから、最後の2ヶ月は買っていません。入院していたので。
輪ゴムは2本使ってあって、1本は劣化してほとんど切れかけていました。束の下のほうのレシートは黄ばんでいて、印字がかすれてほとんど読めないものもあります。上のほうはまだ白くて、インクもはっきりしています。
束を持った感覚は、文庫本くらいの厚さです。18年分の紙って、このくらいの厚みなんだなと思いました。
日付を見ると、毎月1枚です。日にちは12日から17日あたりにばらついています。ぴったり同じ日ではないんですが、毎月その時期に集中しています。
金額は1,500円から2,000円くらい。時刻は18時台か19時台です。
夫はもともと帰りの遅い人でした。残業で9時、10時になることはしょっちゅうです。ただ、月に一度だけ、いつもより少し早く——7時半か8時くらいに帰ってくるのに、どこか疲れた顔をしている日がありました。残業で遅い日より、かえって消耗して見えた。不思議だなと思っていましたが、聞いたことはありません。
18年で214枚。12ヶ月×18年なら216回になる。2回足りない。ただし最後の2ヶ月が入院期間と重なるなら、計算は合う。
日付が12日から17日に散らばっている点について聞いた。
15日がいちばん多いです。数えたら、214枚のうち80枚以上が15日でした。残りは前後にばらけています。日曜とか祝日に当たった月はずれている感じです。
15日を中心に、前後3日。都合がつかない月にもずらして行っている。18年間で一度も欠かしていない。
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03 / 花屋の場所
花屋の所在地を確認した。レシートに印字された店名と電話番号から、所在地は夫の職場の最寄り駅から電車で20分ほどの町だった。自宅からも職場からも離れている。仕事帰りに寄れなくはないが、わざわざ乗り換えて行く場所だ。
地図で花屋の周辺を確認したとき、一つ気になるものが目に入った。花屋から徒歩3分の位置に、ビジネスホテルがある。
ノムラ氏に花屋の場所とその周辺について伝えた。
そうですか。
ありがとうございます。薄々わかってはいました。花の値段も、ホテルの近くという立地も、全部合わせたら、そういうことですよね。
夫は現金主義でした。カードは持っていたんですが、ほとんど使わない人で。通帳を見返しても、おかしな引き出しは見当たりません。花の代金くらいなら、お小遣いの範囲で収まりますよね。
足がつかないようにしていたんだと思います。レシートだけが残った。なぜ捨てなかったのかは、わかりません。
通帳に痕跡がない。カード明細にもない。レシートだけが、18年間の唯一の物証だった。それなら捨てればよかった。捨てれば誰にも知られなかった。なのに214枚が束ねて残されている。
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04 / 元同僚
レシートの時刻は18時台から19時台。仕事帰りの時間帯だ。夫の勤務先での行動を確認したかった。ノムラ氏に、夫の職場で親しかった人物がいるか聞いた。
親しいと言えるかはわかりません。夫は職場の人を家に連れてきたことがないので。ただ、葬儀のときに「同じ部署でした」と挨拶してくださった方が一人います。シマダさんという方で、名刺をいただきました。
シマダ氏(50代男性)に連絡を取った。ノムラ氏の夫について、勤務中の様子を聞きたいと伝えると、少し間があってから応じてくれた。
ノムラさんは真面目な人でしたよ。口数が少なくて、飲み会もほとんど来ない。悪い人じゃないんですけど、何を考えてるかわかりにくいタイプでした。
月に一回くらい、定時きっかりに帰る日がありましたね。あの人はだいたいいつも残業していたから、珍しいなと思って。急ぎの用事ですかって聞いたら、「ちょっと寄るところがある」とだけ。それ以上は聞きませんでした。
日にちは毎月違ったと思います。だいたい月の半ば。急に「今日は上がります」と言うんで、最初は周りも少し面食らってましたけど、そのうち慣れました。
普段は残業をする人間が、月に一度だけ定時で切り上げる。日にちは月によって違うが、時期は月の半ば。レシートの日付のばらつきと一致する。
「寄るところがある」。それ以上は言わない。
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05 / 花屋
花屋に連絡を取った。個人経営の小さな店で、電話に出たのは店主のモリタ氏(60代女性)だった。
ノムラという名の男性客について聞いた。
ああ、ノムラさん。覚えていますよ。長いお客さんでした。月に一回、夕方にいらして。
いつも同じものを頼まれました。仏花を1対。迷うことがないんです。入ってきて、「いつものをお願いします」と。こちらも慣れたもので、ノムラさんが来る時期になると、仏花を余分に準備しておくようになりました。
仏花。
「レシートの品目には『花束』と印字されていますが」と確認した。
うちのレジ、古いんです。品目のボタンが少なくて、切り花は全部「花束」で打ってしまうんですよ。仏花もアレンジメントも花束も、レシート上は同じ表記です。紛らわしくて申し訳ないですけど。
ノムラさんが買っていたのは、毎回仏花です。菊と小菊が中心で、季節によってスターチスやカーネーションを入れることもありました。花束とは全然違いますよ。華やかさがないですから。
花束ではなく、仏花だった。誰かに贈る花ではなく、供える花だった。
届け先について聞いた。
お届け先は聞いたことがありません。ご自分で持っていかれていたので。ただ、一度だけお見かけしたことがあるんです。閉店の片づけをしていたら、うちの裏手の道をノムラさんが歩いていたのが見えました。あっちの方向は、住宅地を抜けると古い道沿いに小さなお地蔵さまがあるくらいで、他には特に何もないところです。
花屋の裏手。お地蔵さま。モリタ氏はそれ以上のことは知らなかった。
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06 / 15日
ノムラ氏に日付のことを聞いた。
レシートの日付が毎月15日前後に集中しています。15日に何か心当たりはありますか。
15日ですか。結婚記念日は10月の3日です。私の誕生日は6月、夫の誕生日は2月。どちらも15日ではありません。親の命日も違います。
……少し考えさせてください。
ノムラ氏が考えている間に、地蔵尊について調べた。モリタ氏が言った方角を地図で辿ると、花屋の裏手から住宅街を南に10分ほど歩いた旧街道沿いの交差点に「六地蔵」の表記がある。自治体の文化財リストと地域の寺社案内を確認した。この六地蔵は江戸期に造立されたもので、戦後の道路拡幅で現在地に移されている。案内には、古くから水子供養・子授け祈願の信仰がある、と記されていた。
この情報をノムラ氏に伝えた。「ご主人が向かっていた方角にある地蔵尊は、水子供養で知られる場所です」と。
三日間、返信がなかった。
四日目の夜に届いたメールは、それまでとは文体が変わっていた。
水子供養、という言葉を読んで、思い出したことがあります。
結婚する前の話です。当時の交際相手との間に子どもができました。夫とは別の人です。妊娠6ヶ月で死産しました。15日です。
夫にはほとんど話していません。結婚が決まったあと、一度だけ「昔、つらいことがあった」と言ったことがあります。それだけです。内容は話していません。夫も聞きませんでした。
あの人が、知っていたんですか。
その問いに、私は答えられなかった。事実だけを返した。「ご主人が購入していたのは仏花です。届け先は、水子供養で知られる地蔵尊である可能性があります」。
長い沈黙のあと——翌日の夜になって、ノムラ氏はこう書いてきた。
レシートの一番最初の日付を確認しました。2005年の11月16日です。
私たちが結婚したのは、2005年の10月です。
結婚の翌月。2005年の11月15日は火曜日だ。平日。定時で上がれなかったのか、翌日にずらしたのか。最初の1枚から、すでに日付がずれている。
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07 / 214
夫がどうやって死産のことを知ったのか。ノムラ氏に心当たりを聞いた。
わかりません。ただ、結婚してすぐの引っ越しのとき、私の荷物の中に古い診察券やお薬手帳をまとめた封筒がありました。処分し損ねていたもので、夫が「これどこにしまう?」と聞いてきました。封筒の表に、産婦人科の名前が書いてありました。紹介状の封筒をそのまま使っていたので。
夫はそのとき何も言いませんでした。封筒を私に渡して、別の段ボールを開け始めました。
書斎からその封筒が出てきたかどうか聞いた。
出てきました。本棚の、医療費の領収書をまとめているファイルの中に挟まっていました。中身は空です。
夫は封筒を保管していた。中身は空。妻に返した封筒とは別に、封筒だけを手元に残した。産婦人科の名前だけが書かれた、空の封筒を。
ノムラ氏から、束の最後のレシートについて報告があった。
束の最後のレシートの裏に、鉛筆で小さく数字が書いてありました。「214」です。夫の字です。
他のレシートの裏も確認しました。数字が書いてあるのはこの1枚だけです。ただ、何枚か、鉛筆で書いて消したような跡があるものがありました。うっすらと凹みがあるんですが、何が書いてあったかは読み取れません。
214。レシートの総枚数と一致する。夫は回数を数えていた。途中で消した跡があるということは、以前にも書いていた可能性がある。最後の1枚だけ、消さずに残した。
日にちは月によってばらつく。仕事の都合で15日ちょうどに行けない月もある。それでも回数だけは正確に数えていた。
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08 / 不自然点の整理
確認できること
- 夫は2005年11月から2023年7月まで、毎月仏花を購入していた。計214回。花屋店主は夫が水子供養の地蔵尊がある方角へ歩いていくのを目撃している
- レシートの日付は毎月15日を中心に前後3日以内に分布しており、15日は投稿者が結婚前に経験した死産の日付と一致する。レシートの開始は結婚の翌月である
- 最後のレシートの裏面に「214」と鉛筆で記されており、総枚数と一致する。書斎からは産婦人科名が印刷された空の封筒も出ている
確認できないこと
- 夫が死産の事実をいつ、どのように知ったか。封筒がきっかけである可能性はあるが、確定はできない
- 「214」を書いたタイミング。他の数枚にも鉛筆で書いて消した痕跡があるが、何が書かれていたかは読み取れない
- レシートの束が書斎の「手を入れれば届くが、日常的には覗かない場所」に保管されていたことが、意図的な配置なのか、ただの習慣なのか
気になる点
- 夫は妻に一度も花を贈っていない。仏花を18年間買い続けた人間が、妻には花を贈らなかった
- 最後の1枚にだけ数字が残されている。それ以前は消していた可能性がある。最後だけ消さなかった理由
- 花屋の近くにビジネスホテルがあるが、夫がそのホテルを利用した記録は確認できていない
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09 / 記録を終えるにあたって
ノムラ氏に、記事の公開前に最後の確認を取った。
構いません。
ひとつだけ。あの人が花を供えていたこと、うれしいと思いたいのに、まだそう思えない自分がいます。18年黙っていたことが優しさだったのか、そうじゃなかったのか、まだわかりません。
わからないまま載せてください。
この記事の公開前に、地蔵尊を訪ねた。
住宅街を抜けた旧街道沿いの、小さな交差点の角にそれはあった。石の台座の上に六体の地蔵が並んでいる。屋根はトタンで、足元に線香立てと花立てがある。手入れはされていた。枯れ葉は掃かれていて、線香の灰は最近のものだった。
花立てに花が入っていた。白い菊と、薄紫のスターチス。仏花の組み合わせだが、モリタ氏の店の仏花とは違った。菊の品種が違う。包装紙も見当たらなかった。どこで買ったものなのか、あるいは買ったものではないのか。判断がつかなかった。
ノムラ氏には伝えていない。
管理人注 / 追加情報の募集 本記事に関する追加情報をお持ちの方は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
- 該当する地蔵尊の近隣にお住まいで、定期的に花を供えていた男性、またはその後花を供えている人物を見かけた方
- 故人の遺品から、長期間にわたる説明のつかない記録が出てきた経験のある方
夫は18年間、妻の秘密を知っていた。知っていることを一度も告げなかった。そして死後に必ず見つかる場所に、知っていた証拠だけを残した。
それが「見つけてほしかった」なのか「見つけさせたかった」なのかで、214枚のすべてが変わる。紙一重だ。ノムラ氏が「まだそう思えない」と書いたのは、この紙一重のどちら側にいるのか、まだ決められないからなのかもしれない。