
CASE-055 / 未解決
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
投稿者はヤマモトと名乗る40代の女性だ。元小学校の教員で、二年前に体調を理由に退職している。文面は端正で、自分の動揺を整理してから書いた、という印象を受けた。
「自分が何のために選ばれていたのか」、ではなく「うまく言えない」。応募者が選別される側であるのは当然のことだ。ただ、その選別の基準が、応募者本人にも見えないまま機能している、という前提がこの一文には潜んでいる。
ヤマモト氏に応募の流れを確認した。
応募書類はNPOのウェブサイトからダウンロードできるPDFで、A4で六枚あった。志望動機、活動可能曜日、これまでの社会経験、希望する活動班(学習支援/見守り訪問/環境清掃/災害備蓄管理から選択)。ここまでは標準的な様式だ。
最後の二枚が「日常生活に関する質問」と題されたアンケートになっていた。
・ご家族と同居されていた頃に、よく飲んだ飲み物は何ですか
・会話のとき、どちらかというと聞き役ですか、話し役ですか
・お祖父さまお祖母さまと過ごした時間はありましたか(はい/いいえ/どちらでもない)
・初対面の方と話すとき、ご自分から話題を出すほうですか
・お茶を入れるとき、湯の温度を意識しますか
アンケートの最後には「ご回答内容は配属業務との適性確認のためにのみ使用し、個人を特定する情報とは切り離して保管します」と注記があった、とのことだった。
ヤマモト氏とスズキ氏の回答の違いをいくつか聞いた。
ヤマモト氏は祖母と高校卒業まで同居しており、よく飲む飲み物は「番茶」と書いた。テレビは朝の情報番組と夕方のニュース。会話は聞き役。湯の温度は「番茶は熱め、煎茶はぬるめ」と意識する、と答えた。
スズキ氏は祖父母とは同居経験がなく、飲み物は「コーヒーかミネラルウォーター」。テレビは「ほとんど見ない、配信ばかり」。会話は話し役。湯の温度は「あまり気にしない」。
「相性のよい班」に配属するためのアンケートだと言われれば、それで通る。ただ、ヤマモト氏は元教員であり、子どもへの教育経験がある。スズキ氏には特にそれがない。それでも分岐は逆になった。
スズキ氏にも一度、学習支援班の活動について話を聞いた。
ヤマモト氏が訪問のたびに使っていた下書きメモが、手元に残っていた。NPOには所定の様式に清書して提出する流れになっており、下書きは家で保管していた、とのことだった。
NPOから配布される「見守りチェックシート」は、訪問先一軒ごとに一枚記入する用紙で、聞き取り欄が二十項目ほど並んでいる。「高齢者の生活の質と地域とのつながりを把握する」ための様式、と冒頭に明記されていた。
ヤマモト氏が四回訪問したハラダ氏(80代女性・独居)について、下書きから抜粋する。
・最近の楽しみ:来月、姪御さんと駅前のうなぎ屋に行くこと(月一回)
・通院:火曜日に皮膚科(バスで一人)、金曜日に内科(バスで一人)
・服薬管理:本人が管理(カレンダー)
・戸締まり:夜七時の天気予報のあと
・ご家族との通話:娘さん(県外)と週一回、姪御さん(市内)と週二〜三回
・町内会行事:年二回の清掃には参加。集会所の昼食会には参加していない
・近所付き合い:両隣とは挨拶程度。向かいの方と週一回、立ち話
ヤマモト氏は記入しながら、ハラダ氏との会話を楽しんでいたという。
シートそのものは、安否確認の様式として何も不自然ではない。地域包括支援の現場で使われている同種のチェックリストと比較しても、項目の傾向は似通っている。
ただ、ヤマモト氏にシートのフォーマット——空欄状態の様式そのもの——も送ってもらった。聞き取り欄の中に、雑談では出てきにくい記入欄が混ざっていた。
・玄関の三和土の様子(来客用具の保管位置・予備鍵の有無)
・冷蔵庫付近の様子(食料品の代理購入者の有無)
ヤマモト氏に確認した。
ヤマモト氏が空欄で提出した項目が、その後どう扱われたのか——空欄のままなのか、別の誰かが何かを記入したのか——は、現時点では確認する手段がない。
提出版が手元にない以上、ヤマモト氏の下書きから読み取れる範囲で、項目を別の順序で並べ替えてみた。
・テレビ:朝七時台、夜七時、夜九時
・戸締まり:夜七時の天気予報後
・宅配:週一〜二回、姪御さん経由
・冷蔵庫の確認:週末、姪御さんが来訪
・通院の付き添い:なし、本人がバスで一人
・通話:娘(県外)週一、姪(市内)週二〜三
・近所付き合い:両隣と挨拶程度、向かいと週一の立ち話
・通院先:地名の入った医院名(具体名は省略)
・宅配経由:生協、ネット注文(姪が代理)
並べ替え後の四つのまとまりが、それぞれ何を意味するのかは、ここでは書かない。書かなくても、設問単体では当たり障りのない世間話の範囲を出ない、という性質は崩れていない。崩れるとすれば、それは別の作業を経た先のことだ。
NPOの資料を確認した。チェックシートの様式の出所をイシダ氏に問い合わせたところ、「全国共通のフォーマットを使用している」との回答だった。フォーマットの作成元はどこか、と聞くと「業務委託先で監修している様式です」と返ってきた。委託先の名前を尋ねると、「契約上、お答えできません」。
公開されている収支報告書を当たった。NPOから外部の「一般社団法人 地域共生データ研究機構」へ、業務委託費が毎期支出されている。事業内容欄には「地域支援に関する調査研究およびデータ整理業務」とのみ記載されていた。
三年前まで同じNPOで見守り訪問員を務めていたサイトウ氏(60代女性)の連絡先が、退職者名簿から得られた。メールで連絡を取った。
返信は丁寧だった。当時の活動の概要、訪問していた地域、勤務形態。三通目で、応募時のアンケートと、訪問員の選び方について感じたことはあったかと尋ねた。
事務局のイシダ氏に「フクダ」という退職者の連絡先を確認した。「当NPOにフクダという名前の元職員はおりません。退職者名簿は遡って確認しておりますが、該当者は見当たりません」との回答だった。退職者名簿そのものを共有してもらい、こちらでも一覧した。フクダ姓は確かにいなかった。
サイトウ氏に再度確認のメールを送ったが、返信はなかった。一週間後に再送したメールは、「メールアドレスが見つかりません」というエラーで戻ってきた。
サイトウ氏が活動から離れた経緯について、別の元ボランティアから補足を得た。「サイトウさんは、ある時期から急に休みがちになって、そのまま辞めた。最後の数か月は、訪問のあと事務所に戻ってこないで、まっすぐ帰っていた」。
説明はそれだけだった。
「地域共生データ研究機構」の登記情報を確認した。設立は2022年。所在地は市内の雑居ビルの一室。代表者の住所は同じビルの別の部屋になっていた。
平日の午後に訪ねた。三階の302号室、磨りガラスの扉に白い紙でA4サイズの「地域共生データ研究機構」の表示が貼ってあった。インターホンを押したが応答はない。隣室の住人によれば、「平日でも人がいることはほとんどない。月に一、二回、宅配便の業者が出入りしているのを見た」。
ウェブサイトは存在するが、トップページに「サイト準備中」とのみ表示され、事業内容や沿革のページは空白だった。
NPOの収支報告書をさかのぼると、「地域共生データ研究機構」への委託費の計上は2023年度から始まっていた。同じ時期に、NPOの活動地域は隣接する二つの地区に拡大している。委託費は年々増額されており、最新年度では総支出の約四分の一を占めていた。
委託の具体的な業務範囲は、報告書には「データ整理・分析業務」としか記載がない。
ヤマモト氏は、活動を辞める少し前に、ハラダ氏から言われた一言が忘れられない、と書いてきた。
- NPOの応募書類には「日常生活に関する質問」というアンケートが含まれており、設問は配属業務との適性確認のためと説明されている
- ヤマモト氏とスズキ氏は志望動機・活動可能日数がほぼ同じだったが、アンケート回答に差があり、希望業務と異なる配属になった側/希望通り配属された側に分かれている
- 見守りチェックシートのフォーマットには、雑談では出てきにくい種類の記入欄(服薬の具体的な保管位置・玄関の三和土の様子・予備鍵の有無など)が含まれており、ヤマモト氏は該当欄を空欄で提出していた
- 「地域共生データ研究機構」はNPOからの業務委託先として収支報告書に記載があり、登記住所の事務所は実質的に常時無人である
- アンケートの設問が、明確な意図のもとに設計されたものか、結果的にそう機能しているだけなのか
- チェックシートの記録が、外部委託先を経由したあと、どこに渡っているか
- サイトウ氏が紹介した「フクダ」が誰なのか、あるいは存在しない人物なのか
- アンケートの注記「個人を特定する情報とは切り離して保管します」は、配属に使われている事実と整合しない
- イシダ氏は「契約上、お答えできません」と委託先名を伏せたが、収支報告書には委託先名が記載されている
- スズキ氏の学習支援班でも、子どもの家庭環境に関する聞き取り欄が様式に含まれている
ヤマモト氏は活動を辞めて三か月になる。NPOから慰留や問い合わせの連絡はなかった。応募書類のコピーは手元にあるが、訪問記録のシートは、当然のことながらNPO側に提出済みで、控えはない。
スズキ氏は学習支援班での活動を続けている。ヤマモト氏が「アンケートの違いで配属が分かれていたかもしれない」と話したとき、スズキ氏は「考えすぎだよ」と笑ったという。
記録のまとめ作業を進めていた最中、法人登記の異動情報で、「地域共生データ研究機構」の本店所在地が二週間前に変更されていることが確認された。新しい所在地は記載されておらず、登記簿上の住所は空欄のままになっていた。
- 市民活動・ボランティア応募時に「日常生活に関する質問」「相性確認アンケート」など、業務適性とは一見関係のない設問への回答を求められた経験のある方
- NPOから「地域共生データ研究機構」または類似の名称の研究所・調査機関に業務委託が行われている事例をご存知の方
- 見守り訪問の聞き取り様式について、業務上の知見をお持ちの方
