
CASE-035 / 未解決
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
投稿者はカワムラと名乗る20代の男性だ。今年の1月に仕事用の中古車を購入したという。
以下、原文をほぼそのまま掲載する。
4軒続いた空き家。番号順に並ぶ無人の家。そこまで聞けば、誰でも同じことを考える。
しかし私が気になったのは別の点だ。年間2万キロ近い走行距離。そして13件の登録が一気に作成されている。普段の移動先を一つずつ追加したのではなく、ある時点で、すでに知っていた場所を一覧にした。何のリストなのか。残りの9件を調べる必要があると判断した。
13地点すべての座標を確認した。全地点が同じ県内の山間部と丘陵地帯に点在していた。最も離れた2地点の直線距離は約40キロ。車で巡回すれば半日で回れる距離だ。
全件を確認するのに3週間かかった。
01から05まで、すべて空き家か更地だった。住人が亡くなった家が3軒、施設に入った家が1軒、子の家に移った家が1軒。05だけは事情が少し違う。死後しばらく経ってから発見されている。近隣住民が異臭に気づいて通報した、と当時の記録にあった。事件性は認められていない。ただ、このリストにこの家が含まれていたということは、かつては前オーナーが定期的に訪れていた家だ、ということでもある。
06以降は、状況がまばらになる。
06:居住中。 ウエダ氏(70代男性)。
07:空き家。2年前に転居。
08:居住中。 ただし訪問時は留守。連絡つかず。
09:空き家。2年前に住人が死亡。老衰。
10:居住中。 フジワラ氏(80代女性)。
11:空き家。1年半前に施設入所。
12:居住中。 オオタ氏(70代女性)。
13:居住中。 タニグチ氏(80代女性)。
13軒中、8軒が空き家または更地。5軒に住人がいた。番号が若いほど空き家になっている傾向はあるが、完全な法則ではない。
カワムラ氏に車内を確認してもらったところ、グローブボックスに整備記録簿が残っていた。名義欄にニシオカという名字と、郊外のアパートの住所が記載されていた。
中古車販売店の担当者にも連絡を取った。個人情報の開示はできないとのことだったが、売却時の状況については答えてもらえた。
整備記録簿の住所を訪ねた。アパートの部屋は空室だった。管理会社に聞くと、昨年末に退去済み。転居先は不明。
8年間住んで、私物が段ボール2つ。荷室には他人に届ける品物を積む棚があったが、自分の部屋にはほとんど何も置いていなかった。
この時点で、ニシオカ氏本人への接触手段はなくなった。
ナビの走行履歴データを抽出してもらった。過去数ヶ月分が残っていた。
ニシオカ氏は週に3回——火曜、木曜、土曜——同じルートを走っていた。13地点を番号順に巡回し、各地点で数分から20分ほど停車。朝9時に出発し、午後3時頃に終わる。ルートはほぼ固定されていた。
停車時間は地点ごとに異なり、大半は5分から12分程度。13だけが突出して長く、20分を超える回が多かった。
週3回、同じルートを、同じ順番で回る人間の行動だった。
居住中の5軒のうち、連絡がついた3名に話を聞いた。
ウエダ氏(06、70代男性)。ニシオカ氏のことを「軽バンで来る人。豆腐とか日用品を積んでた」と語った。来なくなったのは去年の秋頃。「息子が買い物してきてくれるから、別に困ってない」。
フジワラ氏(10、80代女性)。「感じのいい人」と語った。来なくなった後、大手の移動スーパーが参入し、代替手段ができた。「ニシオカさんのほうがお豆腐はおいしかったけどね」。
オオタ氏(12、70代女性)。「冬でも道が凍っても来てくれた。ありがたかった」。現在は娘のまとめ買いで暮らしている。ここまでは他の2人と大きく変わらない。しかしオオタ氏は、別れ際にもう一つ、こう言った。
3人の証言から、ニシオカ氏が移動販売の業者だったことが確定した。3人とも、ニシオカ氏がいなくなった後に別の手段を確保していた。
残る2名のうち、08は連絡がつかなかった。近隣住民は「たまに見かける」と言ったが、最後に見かけた時期を聞くと「先月……いや、もう少し前かな」と曖昧になった。家の前まで行ったが、表札は出ていて、カーテンは閉まっていて、ポストに郵便物は溜まっていなかった。誰かがいる痕跡はある。ただ、それが今日のものなのか先週のものなのか、見た目からは判断できなかった。
そして13。タニグチ氏。
地域包括支援センターを経由してタニグチ氏を訪問した。
翌週、センター職員の同行のもと、タニグチ氏の自宅を訪ねた。山間の一軒家。隣家まで徒歩10分以上。最寄りのバス停まで2キロ。車がなければ、どこにも行けない場所だ。
タニグチ氏は小柄な女性で、受け答えはしっかりしていた。居間に通される途中、台所の冷蔵庫が目に入った。センター職員がさりげなく開けた中身は、味噌のパック、漬物の小鉢、ペットボトルの水が2本。それだけだった。
ニシオカ氏が最後にこの家を訪れたのは、走行履歴から推定すると昨年の9月下旬だ。5ヶ月近く前になる。
廃業して車を手放したこと、連絡先がわからないことを、できるだけ柔らかく説明した。タニグチ氏は少し首を傾げた。
「でもあの人、"また来ます"って言ってたわよ」
動揺した様子はなかった。聞こえなかったのか、聞いた上で受け入れていないのか、あるいは「また来ます」という言葉だけを5ヶ月間握りしめていたのか。ニシオカ氏が本当にそう言ったのかどうかは、確かめようがない。タニグチ氏がそう記憶している、という事実だけがある。
センターの職員が帰り際に小声で言った。「次の訪問に入れます。ただ、週一がやっとです」。
近隣住民は「ニシオカさんの車が来なくなってから外で見かけない。ゴミ出しも減った」と言った。声をかけに行ったほうがいいかと聞くと、「あんまり関わりがあるわけでもないし」。
ウエダ氏には息子がいた。フジワラ氏には移動スーパーが来た。オオタ氏には娘がいた。タニグチ氏には、ニシオカの巡回だけがあった。
カワムラ氏から追加報告が届いた。登録地点のメモ欄に、何件か記入があったという。
10:「耳が遠い。インターホン長めに」
13:「木曜はようかん」
業務メモだ。助手席の下には惣菜の包装らしき空のビニール袋が一枚、口を結んだまま挟まっていた。
カワムラ氏は追伸にこう書いていた。
私は少し迷った。13軒の座標とメモが消えてしまえば、ニシオカ氏の巡回ルートはこの原稿の中にしか残らない。いいも悪いも、他人の車のナビに残すべき記録ではない。
「構いません」と返信した。
この記事を書くにあたって、走行履歴をもう一度確認した。
ニシオカ氏の最後の走行記録は昨年の9月28日、土曜日。いつもどおり13地点を巡回し、タニグチ氏の家を出たのが午後3時12分。通常であれば、ここから県道を北に向かって自宅に戻る。過去の履歴はすべてそのルートを辿っている。
この日だけ、違っていた。
タニグチ氏の家を出て2分ほど走った地点で、車が停止している。30秒後にUターン。来た道を引き返し、タニグチ氏の家の付近で再び停車した。2分間。その後、通常のルートで帰宅している。
何かを言いに戻ったのか。渡し忘れたものがあったのか。車の中から家を見ていただけなのか。
タニグチ氏の「"また来ます"って言ってたわよ」という言葉を思い出す。それがこの2分間に発せられた言葉だったのかもしれない。あるいは、もっと前に言った言葉を、タニグチ氏が覚えているだけかもしれない。
翌週以降の履歴は存在しない。ニシオカ氏はこの巡回を最後に車を売り、住居を引き払い、電話番号を変えている。
それが、ナビに残された最後の記録だ。
- ニシオカ氏は過疎地域で個人の移動販売業を営んでおり、ナビの登録地点13件は巡回先の顧客宅リストである
- 13軒中8軒で住人がいなくなっている。死亡4件、施設入所2件、転居2件。ニシオカ氏との因果関係を示す情報はない
- 生存している5軒のうち3軒は、廃業後に別の手段で暮らしている
- ニシオカ氏の現在の所在。電話は不通、住居は退去済み、私物は段ボール2つだった
- 08の住人の現在の状態。近隣住民が最後に見かけた時期を思い出せていない
- 最終巡回日にタニグチ氏の家の付近で2分間停車した理由
- タニグチ氏はニシオカ氏の廃業を認識しておらず、冷蔵庫の中身は味噌、漬物、水のみだった
- 13件の登録日時が全件同一である。ある時点で一括して登録している
- オオタ氏が語った「家の中をよく見ていた」が、営業上の気配りなのか、それ以外の何かなのか
ニシオカ氏には結局、接触できなかった。
移動販売の業者がいた。山の中の高齢者のところを回っていた。客が減って、廃業した。それだけの話だ。事件ではない。ニシオカ氏はむしろ、あの地域で必要とされていた側の人間だったと思う。
ただ、オオタ氏の言葉がときどき戻ってくる。「冷蔵庫のあたりとか。よく見てたなあ」。あの冷蔵庫を、ニシオカ氏は私よりずっと前から見ていたはずだ。
8年住んだ部屋から出ていくとき、私物は段ボール2つだけだった。
残った5軒のうち3軒は、別の方法を見つけた。
1軒は確認ができていない。
1軒だけが、まだ待っている。
- 同地域でニシオカ氏の移動販売を利用されていた方
- ニシオカ氏の現在の所在について情報をお持ちの方
木曜のようかんを届ける人は、もういない。
本記事の公開翌日、問い合わせフォームに一件のメッセージが届いた。別の県の方だった。「うちの地域にも、来なくなった移動販売の人がいます。誰にも引き継がれないまま、3年経ちました」。
