記録されなかった話。

どこにも残らなかったはずの話を、記録という形で保管しています。 本ブログはAIによる創作ホラーモキュメンタリーです。

守られた家

 

CASE-037 / 未解決
管理人注記 以下は2026年5月に本ブログへ寄せられた投稿メールおよび補足資料をもとに、管理人が追加調査を行いまとめたものです。
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
01 / 最初の投稿
2026年5月 / 本ブログへの投稿メール

投稿者はカワベと名乗る30代の男性だ。文面は整っていた。整いすぎている、と感じたのは後になってからだ。

投稿者:カワベ / 原文
はじめまして。地方の中山間地にある集落に住んでいます。5年前に東京から戻りました。Uターンです。東京では建設関係の仕事をしていました。
相談したいのは、うちの集落に残っている「鬼送り」という行事のことです。小正月に、一人の男が鬼の面をかぶって集落の各戸を回ります。全戸ではなく、毎年、自治会長が選んだ数軒だけです。鬼が訪れた家では、その年の厄が祓われるとされています。
私は3年前からこの鬼役を務めています。戻ってきた若手が少ないので、頼まれて引き受けました。
本題です。鬼役を引き受けてから、私が回った家の住人が次々と集落を離れています。3年で7軒。回った家は全部で11軒ですから、6割以上です。鬼が回らなかった家からは、同じ期間に一人も出ていません。
面をかぶっている間、自分が何をしているのか、はっきり覚えていないことがあります。翌朝、手が土で汚れていたり、声が枯れていたりするのですが、記憶がぼんやりしている。面をかぶると、自分が自分じゃなくなるような感覚があるんです。
こういう話は、外から見たほうがわかることもあるかと思いまして。

最後の一文が引っかかった。「外から見たほうがわかること」。何が「わかる」のか。この時点では読み取れなかった。

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02 / 鬼送り

まず行事の概要を確認した。

「鬼送り」は少なくとも江戸末期から伝わる小正月行事だ。1月15日の夜、鬼役の男が赤い木彫りの面をかぶり、藁の腰蓑をつけて、指定された家を一軒ずつ訪ねる。玄関先で「鬼が参った」と声をかけ、住人が戸を開けると、鬼は家に上がり、各部屋を一巡して去る。

鬼面について追加で聞いた。

受信:カワベ / 返信
赤いケヤキの面です。いつ作られたかは分かりません。タカギさん(自治会長・60代男性)の家の納屋に保管されていて、行事の当日に受け取ります。面の裏側に、墨で名前が8つ縦に並んでいます。最初の3つはもう読めません。最後が私の名前で、タカギさんが筆で書き足してくれました。
面をかぶると、杉と煤の匂いがします。視界が狭くて、自分の息だけがやけに大きく聞こえる。二年目からは、かぶったほうが落ち着くようになりました。面の下にいると迷いがなくなるんです。
前の鬼役の人のことはよく知りません。私が戻る前にやめていて、面は二年ほど使われていなかったそうです。タカギさんに聞いたら、「あの人は耐えられなかった」と。何に耐えられなかったかは教えてくれませんでした。

訪問先の選定はタカギ氏が行う。基準は「前の年に不幸があった家」だが、「不幸」の定義を聞くと、「身内の死、入院、独り暮らしになった、仕事を辞めた」等を含み、タカギ氏が「あそこは今年つらかったろうから」と言えばリストに入るという。判断基準は、タカギ氏の主観だ。

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03 / 帳面

タカギ氏の納屋に古い帳面があることをカワベ氏から聞いた。表紙に「鬼帳」と墨書された和綴じの冊子で、面と一緒に保管されている。タカギ氏に連絡を試みたが応答はなく、カワベ氏に確認を頼んだところ、五日後に写真が三枚届いた。「タカギさんが不在のときに見ました」とあった。

一枚目は表紙。二枚目は冒頭の頁で、崩し字を判読すると以下の内容だった。

鬼帳 / 冒頭の頁
鬼の参りたる家は 翌年のうちに人が絶ゆること多し 是を嘆くべからず 人の絶えたる跡は 里のものなり 里のために用うるべし 鬼は選びて参る 選ばれし家に拒む術なし

鬼が来た家から人がいなくなること。嘆くなということ。跡地は集落のものであること。そして、鬼は「選んで」訪れ、拒めないということ。厄払いの記録に、土地の処分方法と、拒絶の不可能性が並んでいる。

三枚目には別の時代に書き足された記録があった。

鬼帳 / 別の頁
明治二十三年、鬼参りのあと四軒が空く。跡地にて桑を植える
大正九年、三軒が空く。跡地は田に戻す
昭和三十一年、五軒。用水路の敷地とする

百年以上にわたって同じことが繰り返されている。鬼が来る。人がいなくなる。跡地は集落のために使われる。

写真を拡大して気づいたことがある。冒頭の頁と、明治以降の記録では、紙の劣化の度合いが明らかに違う。異なる時代に書かれたのは間違いない。だが、筆跡が似ている。似ているというよりも、筆の角度、墨の溜まり方、文字の大きさが、どの記述でもほぼ同一に見える。百年以上の幅がある記録を、同じ人間が書いたとは考えにくい。代々の自治会長が同じ筆を使い、同じ書き方を教わったのかもしれない。そうかもしれない。

受信:カワベ / 返信
跡地の使い道は、時代ごとに変わっています。桑畑、田んぼ、用水路。そのときどきで、集落がいちばん必要としているものに変わる。今の時代だったら何になるか。それは分かりますよね。

「今の時代だったら何になるか」。私にはその言葉の意味するところが分からなかった。

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04 / リストの偏り

過去3年間で回った11軒の内訳を聞いた。独居世帯が9軒、高齢者のみの世帯が2軒。いずれも集落の中心部から離れた場所に住んでいる。

一方、同じ期間に「不幸」があったがリストに入らなかった家が3軒ある。いずれも40〜50代の世帯主がいる家だった。

受信:カワベ / 返信
たしかに偏っています。ただ、ひとつ引っかかっていることがあります。面をかぶって家に上がると、リストに載っていたことが腑に落ちるんです。ああ、この家だったのか、と。面をかぶっていると、その家がなぜ選ばれたのか分かる感じがする。

リストはタカギ氏が作る。だがカワベ氏は、面を通して、その選定を追認している。

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05 / 鬼のあと

鬼が訪問した11軒のうち、翌年度末までに8軒が集落を離れている(2回以上の訪問を受けた家を含む)。

転出のきっかけを追うため、集落に残っている住民の一人から話を聞いた。

集落住民(70代男性・匿名)の発言
「鬼が来た家には、そのあと何回も人が来る。役場の人とか、包括(地域包括支援センター)の人とか。前からたまに来てたけど、鬼のあとは毎週くらい来る。しまいには子どもさんのところに行ったほうがいいって話になる」
「うちにも2年前に鬼が来た。そのあと包括の人が3回来て、4回目には息子に電話してた。鬼が来なかったら、あの電話はなかったと思う」
「鬼が家の中で何をしてたかって? 酒を出して、面の男が部屋を見て回って、それだけ。声もかけてこなかった。無言で部屋を覗いて回るんだ。ただな、あいつが帰ったあと、台所に行ったら、食器の向きが揃ってた。茶碗も箸も湯呑も、全部、取っ手が同じ方向に。うちはそんなふうにしまう家じゃない。婆さんも触ってないって言う。杉みたいな匂いが残ってたよ、翌朝まで」

地域包括支援センターに問い合わせた。「自治会からの情報提供に基づいて訪問することはある」との回答だった。鬼が来たから包括が動くのか、包括が動くべき家に鬼も来るのか。因果の向きは、外からは分からない。

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06 / オオタさんの声

鬼の訪問後に施設に入所したオオタ(80代女性)に面会できた。カワベ氏が同席を申し出たため、一緒に訪れた。

オオタ氏の発言(施設での面会・カワベ氏同席)
「鬼さんは怖くなかったよ。面をかぶっているから顔は見えないんだけど、声が優しかった。『おばあちゃん、体は大丈夫ですか』って。台所を見て、『火の元は気をつけてくださいね』と言ったかな。礼儀正しい鬼さんだった」
「ただね、鬼さんが帰ったあと、急に家にいたくなくなったの。怖いとかじゃなくて、もうここにいなくていいんだな、っていう気持ちがすとんと降りてきた。あの晩から、もうここは私の家じゃないなって」
「そのあと役場の人が来て、ここ(施設)に来ることになったの。鬼さんが来てくれたおかげかも——」

オオタ氏はそこで言葉を切って、カワベ氏のほうをちらっと見た。少し笑って「ありがたいことです」と言い、話題は施設の食事に移った。

匿名住民の家では、鬼は無言で部屋を見て回った。オオタ氏の家では、声をかけ、台所を確認し、火の元を注意した。同じ鬼役のはずだ。

帰り際、カワベ氏がオオタ氏に「また来ますね」と言った。オオタ氏は車椅子から手を振って、「ありがとうね、鬼さん」と答えた。カワベ氏は面をかぶっていない。

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07 / 空き家のゆくえ

転出した8軒のうち4軒が更地になり、すべて自治会名義で取得されていた。取得時期はいずれも転出から半年以内。うち3筆で太陽光発電設備の設置工事が進んでいた。

施工業者を特定しようとしたが、広報紙にも現地の設備にも社名の表示はなく、特定には至らなかった。

受信:カワベ / 返信
太陽光はタカギさんが進めている事業です。業者のことは私にはよく分かりません。ただ、この辺の地盤は礫層が浅くて、架台の基礎を打つのに一般的な工法だと抜けやすいんです。地元の事情を分かっている人間がやらないと難しい。

「業者のことはよく分からない」と言った直後に、架台の基礎や礫層に関する用語が出てきた。建設関係の経験者だから不自然ではない。不自然ではないが、目に留まった。

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08 / 態度の変化

調査経過をまとめてカワベ氏に送った。三日後の返信。

受信:カワベ / 返信
全部並べると、たしかに見え方が変わりますね。
でも、タカギさんは鬼帳に書いてあることを本気で信じている人です。空き家の話をしたとき、「あのまま一人で住ませるほうが残酷だろう。鬼が教えてくれるんだ、もう潮時だって」と言っていました。「面をかぶったら、自分の考えで動くな。面が連れて行ってくれる」とも。
私も最初は迷信だと思っていました。でも面をかぶって家に上がると、行くべき場所が分かるんです。台所を見ろ、この部屋を見ろ、という感覚がある。自分で判断しているのか、面に引かれているのか、区別がつかない。

私は一つだけ質問を返した。「オオタさんに、集落を出る以外の選択肢はありましたか」。

返信は5日間来なかった。

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09 / 最後の返信

5日後に届いたメール。

受信:カワベ / 返信
選択肢があったかどうかは分かりません。鬼が訪れた家から人がいなくなるのは、百年以上前からの記録に残っています。私が関わる前からそうだった。タカギさんが関わる前からそうだった。
祟りだと思っていたほうが楽でした。でも祟りじゃないかもしれない。祟りだとしても、私が面をかぶってあの家に行ったことは変わりません。
もう一つだけ。面の裏の名前のうち読めるもの5つを、集落の古い住民台帳で調べました。5人とも、鬼役をやめたあと集落を離れています。行き先の記録はありませんでした。

鬼に選ばれた家の住人だけではない。鬼そのものも、いずれいなくなる。

それ以降、カワベ氏からの返信はない。

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10 / 不自然点の整理
確認できること
  • 鬼の訪問先は高齢独居世帯に偏り、訪問後には行政の介入が集中する。自治会からの情報提供がその起点になっている
  • 転出後の土地4筆が自治会名義で取得され、うち3筆で太陽光発電設備が建設されている。施工業者は特定できていない
  • 「鬼帳」には鬼の訪問→転出→跡地利用という同一パターンが江戸末期から記録されており、歴代鬼役5名は全員が役を退いたあと集落を離れている
確認できないこと
  • 鬼帳に記録された百年以上のパターンが、各時代の自治会長による意図的な運用なのか、行事そのものに内在する力なのか
  • カワベ氏が訪問中の記憶が曖昧だという証言が事実なのか、そう主張しているだけなのか
  • 太陽光発電設備の施工業者とカワベ氏の関係
気になる点
  • カワベ氏は施工について「よく分からない」と述べた直後に、架台基礎や礫層に関する専門的な用語を使っている
  • オオタ氏は面をかぶっていないカワベ氏を「鬼さん」と呼んだ
  • カワベ氏のUターンは5年前だが、鬼役を引き受けたのは3年前である。空白の2年間について、カワベ氏は言及していない
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11 / 記録を終えるにあたって

カワベ氏との連絡が途絶えてから二週間後、集落の広報紙の最新号を入手した。

裏面に今年の「鬼送り」の報告が載っていた。写真は暗く、鬼面の輪郭がかろうじて見える程度だ。「今年は5軒を訪問」とあった。去年は3軒だった。

記事の末尾に、タカギ氏のコメントがあった。「鬼送りは先人から受け継いだ大切な行事です。鬼が来た家は守られます」。

「鬼が来た家は守られます」。オオタ氏も言っていた。「鬼さんが来てくれたおかげ」。鬼帳にも書いてあった。「是を嘆くべからず」。同じ言葉が、時代を越えて繰り返されている。

管理人注 / 追加情報の募集 本記事に関する追加情報をお持ちの方は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
  • 中山間地域の集落で「鬼送り」またはそれに類する訪問型の小正月行事に参加した経験のある方
  • 自治会主導の土地取得・再エネ事業に関与した、または知見をお持ちの方
  • 行事の直後に行政機関からの訪問が増えたと感じた経験のある方
広報紙の写真を拡大した。鬼面の下からわずかに覗く顎の輪郭は、カワベ氏のものとは違うように見えた。写真の下に小さくキャプションがあった。「鬼役:ミナミ」。カワベでもタカギでもない。集落の広報紙のバックナンバーを遡ったが、この名前は過去のどの号にも載っていない。

一面には「再生可能エネルギー事業の第二期として新たに2筆の造成を予定」と書かれていた。今年、鬼が訪問した5軒のうち、いくつが空くのだろうか。