記録されなかった話。

どこにも残らなかったはずの話を、記録という形で保管しています。 本ブログはAIによる創作ホラーモキュメンタリーです。

触れているもの


CASE-047 / 未解決
管理人注記 以下は2025年12月に本ブログへ寄せられた投稿メールおよび補足資料をもとに、管理人が追加調査を行いまとめたものです。
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
01 / 最初の投稿
2025年12月 / 本ブログへの投稿メール

投稿者はイシカワと名乗る40代の男性だ。文面は落ち着いていた。ただし段落が進むにつれて一文が短くなっていく癖があった。話しているうちに、余裕がなくなっていく人の書き方だった。

投稿者:イシカワ / 原文
はじめまして。家族のことで相談させてください。
今年の秋に、地方の古民家を購入して家族4人で移住しました。私と妻、中1の息子、小3の娘です。私はIT系のリモートワークで、妻はパート勤務です。家は築50年ほどの木造で、前の持ち主が亡くなったあと数年空き家だったものを、不動産屋を通じて買いました。
相談したいのは、入居して1ヶ月ほど経った頃から始まった現象です。
夜中に、体を触られます。
眠っている間に、腕や足を何かが撫でていく感覚で目が覚めます。指のようでもあり、もっと細い何かのようでもあります。最初は夢だと思いました。でも妻も同じことを言い出して、息子も。3人がそれぞれ別の夜に、同じことを言いました。
娘だけは「くすぐったい」と言って笑っています。怖がりません。
それから2ヶ月、ほぼ毎晩です。

家族4人のうち3人が同時期に同じ感覚を訴えている。個人の睡眠障害では説明しにくい。

· · ·
02 / 感触の詳細
受信:イシカワ / 返信
触られる場所は、主に前腕の内側です。手首から肘にかけて。足だと、ふくらはぎの裏側。共通しているのは皮膚の柔らかい部分です。
感触は「撫でる」に近いです。表面を滑っていく感じ。方向は一定じゃなくて、ゆっくり蛇行します。一箇所に止まることはありません。
時間帯は深夜2時から4時くらいが多い。妻は最初、私が寝ぼけて触っているんじゃないかと疑いました。でも私が出張で不在の夜にも起きています。息子の部屋は2階の別室ですが、同じです。

蛇行する動き。柔らかい皮膚。深夜の決まった時間帯。

妻が最初に「夫が触っている」と疑ったのは合理的だ。だがイシカワ氏の不在時にも発生している。息子は別室で独立に体験している。家族の誰かの無意識の動作、という線はここで消える。

· · ·
03 / お祓い

入居から2ヶ月後、イシカワ氏は地元の神社にお祓いを依頼している。

受信:イシカワ / 返信
妻に頼まれました。限界でした。眠れない日が続いていて、パートも休みがちになっていたので。
神主さんは丁寧な方で、各部屋で祝詞を上げてくれました。特に何も感じない、悪いものがいるとは思えない、とおっしゃっていました。
当日は妻の友人が2人と、隣のコバヤシさんが手伝いに来てくれて、家中の窓を開けて換気もしました。お祓いのあと、みんなで居間でお茶を飲みました。コバヤシさんが「この家はもともといい家よ」と言ってくれて、妻は少し泣いていました。
お祓いの翌日から、何もありませんでした。3日間。妻と「やっぱり気のせいだったのかも」と話していた矢先、4日目の夜に、また来ました。
妻が声を上げて起きました。「今までで一番はっきり触られた」と。

お祓い後に3日間だけ止まった。止まって、再発した。再発したとき、弱まるのではなく強くなっていた。

3日間、何が違ったのか。お祓いの効果なのか。窓を開けて換気したことなのか。複数の人間が家の中を歩き回ったことなのか。あるいは、たまたまだったのか。

· · ·
04 / 鍵のかかった部屋
受信:イシカワ / 返信
寝室のドアに補助錠をつけました。内側からしか施錠できないタイプです。窓も全部閉めて寝ました。
3時過ぎに妻が「来た」と言って起きました。左の前腕です。私が妻の腕を見たとき、一瞬、皮膚の下が波打つような動きが見えた気がしました。暗くてはっきりしません。
ドアの鍵はかかったまま。窓も閉まったままでした。

鍵をつけたのは寝室だけだ。玄関や勝手口の施錠状況は、このとき確認していない。

イシカワ氏の「皮膚の下が波打つような」という描写。暗い寝室で、恐怖のさなかに見たものだ。見間違いかもしれない。ただ、この描写のことを、私はしばらく忘れられなかった。

· · ·
05 / 防犯カメラ
受信:イシカワ / 返信
ネットワークカメラを3台買いました。暗視・動体検知つきです。寝室と2階の息子の部屋と、1階の廊下に設置しました。
2週間回しました。何も映りませんでした。寝ている家族が寝返りを打つ映像だけです。動体検知も、家族の寝返り以外では反応していません。
でも、この2週間も触られる感覚はありました。カメラが動体を検知していない時間帯に。
妻が実家に帰りたいと言い始めました。

カメラ3台。古い木造の間取りで、死角がなかったとは断定できない。だが、少なくとも寝室内には何も映っていない。

触られている間、カメラの動体検知が反応しなかった。触れているものがカメラに映らないのか。そもそも外部から触れるものが存在しないのか。

· · ·
06 / 娘のこと

ここで、娘のヒナについて聞いたことをまとめておく。

受信:イシカワ / 返信
娘は最初から「くすぐったい」としか言いません。怖がらない。朝起きて「昨夜また来た?」と聞くと、「うん、くすぐったかった」とけろっとしている。
妻は娘の反応が不気味だと言います。家族全員が怯えているのに、一人だけ平気で。ただ、娘はもともと怖がりではなくて、虫も平気で触るし、暗いところも嫌がらない子です。
あと、娘だけ2階の自分の部屋で寝ていません。入居してすぐに「2階はさむい」と言って、1階の居間に布団を敷いて寝ています。何度言っても聞きません。

娘が1階で寝ていること自体は不思議ではない。古民家の2階は冬は冷える。

だが、その後のやりとりで少し引っかかることがあった。

受信:イシカワ / 返信(追加)
先日、もう一度2階で寝なさいと言ったんです。すると娘が少し黙ってから、「2階は関係ないよ」と言いました。意味が分からなくて、「何が関係ないの?」と聞いたら、「さむいとか関係ない」と。「じゃあなんで下で寝てるの」と聞いたら、何も答えずに居間に布団を敷き始めました。

「2階は関係ない」。寒いから避けていたのではなかった。では何が理由なのか。何に対して「関係ない」なのか。

娘はそれ以上何も言わなかった。

· · ·
07 / 線状の痕

入居5ヶ月目。イシカワ氏から写真つきのメールが届いた。

受信:イシカワ / 返信
妻の左前腕の写真を送ります。
手首の少し上から肘にかけて、赤い線が走っています。細い線です。引っ掻いた痕のように見えますが、妻に覚えはありません。線は一直線ではなく、蛇行しています。全長15センチくらい。「触られる場所と同じだ」と妻が言っています。
皮膚科を受診しました。先生の所見は「外部から物理的な刺激を受けた痕跡」でした。かなり弱い力だが、継続的に同じ場所を刺激されたのだろうと。爪の痕とは違う、もっと細いもの——針金か糸のようなもので擦れた痕に近い、と言われました。
自分で掻いた可能性を聞かれましたが、妻にそういう癖はありません。

物理的な刺激の痕跡。線の蛇行パターンが、イシカワ氏が最初に報告した「触られる感触の動き方」と一致していた。

これは気のせいや心因性では説明がつかない。何かが、実際にこの家族の皮膚に触れている。

この時点で、私は自分の調査の方向が正しいのか分からなくなっていた。

受信:イシカワ / 返信(追加)
その後、息子の右前腕にも同じ痕が出ました。10センチくらいで、蛇行の仕方も似ています。息子は2日間黙っていました。怖くて言えなかったと。
私にも出ています。右の前腕。
3人とも、同じ腕の同じ面に出ています。前腕の内側。
あと、息子が一つ気になることを言っています。痕を見つけた朝、自分の腕を眺めていたら、痕の先端あたりの皮膚が「もこっと盛り上がった」と。一瞬だったので見間違いかもしれないと言っていますが、以前の寝室での件と同じ描写です。
私自身も昨日、試しました。昼間、明るいリビングで自分の右腕の痕をじっと見ていました。5分くらい。何も起きませんでした。諦めかけたとき、痕の端——手首に近いほう——の皮膚が、ほんの一瞬、内側から押されたように膨らんだ気がしました。気がした、としか言えません。目を凝らしたときにはもう何もなかった。
これが見間違いではなかったとして、何が皮膚の下にいるのか。考えたくないです。

3人の前腕の内側に、同じ形状の線状痕。同じ蛇行のパターン。そして、少なくとも2人が、皮膚の下で何かが動く瞬間を目にしている。暗闇の中での見間違い、で済ませていたものが、明るい場所でも起きかけている。

娘の腕は、このとき確認していない。イシカワ氏に聞いたところ、「娘の腕にはなにもない。きれいなものです」とのことだった。

ただ、一つだけ。イシカワ氏はこうも書いていた。

受信:イシカワ / 返信(補足)
痕はないんですが、最近、娘がときどき左の前腕の内側を撫でているのを見かけます。テレビを見ているときとか、宿題をしているときとか。無意識みたいです。「どうしたの」と聞くと、手を止めて「なにが?」と。本人は気づいていないようです。
気になったので見せてもらいましたが、やっぱりなにもない。赤みも線もない。きれいな腕です。
ただ、撫でている場所が——ちょうど私たちの痕が出ているのと同じ位置なんです。

痕がない腕の、痕が出るはずの場所を、無意識になぞっている。

· · ·
08 / 前の住人

並行して、家の履歴を調べていた。

前の住人はヤナギモトという独居の男性。年齢は70代後半。3年前に体調を崩し、市内の施設に入所した——と不動産屋は言った。

不動産屋担当者 / 電話での回答
穏やかな方でしたよ。物静かで、近所づきあいもほとんどなかったそうです。猫を何匹か飼っていたとは聞いています。ただ、内覧のとき、猫のトイレとも違う、もっと野生っぽい匂いがうっすらと。けっこう染み付いていましたね。リフォームで壁紙も床も全部替えましたが、床下まではやっていません。
合鍵ですか? リフォームの際にシリンダーごと交換していますので、前の鍵では開かないはずです。——ただ、勝手口のほうは替えていなかったかもしれません。確認します。

後日、不動産屋から勝手口の鍵について「確認したが記録がない。交換した可能性もあるし、していない可能性もある」と回答があった。

ここで一つ、イシカワ氏が以前に言っていたことを思い出した。娘のヒナが「2階はさむい」と言って1階で寝ている件だ。古民家の2階は断熱が弱い。それ自体は自然な話だった。

だが、イシカワ氏にあらためて2階の室温について聞いたところ、答えが違った。

受信:イシカワ / 返信
2階が寒いかと言われると、正直、そうでもないんです。むしろ冬になっても2階のほうが1階より暖かいくらいで。古い家だから断熱が悪いはずなんですが、寝室は夜中でもそこまで冷えない。暖房を切って寝ても、朝まで妙にぬるい。妻は「助かるけど不思議だね」と言っています。
リフォームのとき断熱材を入れたのかと不動産屋に聞きましたが、壁紙と床材の交換だけで断熱工事はしていないそうです。
娘が「さむい」と言ったのは何だったんだろうと思います。

2階が暖かい。断熱工事はされていない。暖房を切っても冷えない。

床下が手つかずだという話を思い出す。築50年の木造で、床下に何かが——かつてヤナギモトが飼っていた何かが——棲みついていたとすれば、体温で床が暖められていた時期はあっただろう。だがヤナギモトは3年前に施設に入っている。動物がまだいるのか。いないなら、何が2階を暖めているのか。

そして、娘のヒナは入居直後に「さむい」と言って2階を避けた。2階は実際には寒くない。娘は嘘をついていた——あるいは、「さむい」とは別のことを言いたかった。

二軒隣のコバヤシ氏にも話を聞いた。お祓いの日に手伝いに来た方だ。

近隣住民・コバヤシ / 電話での回答
猫がたくさんいたのは知ってるわよ。でも、それだけじゃなかったと思う。夜中にキイキイ鳴くような声がしたことがある。猫の声じゃない。タヌキかハクビシンか、そのへん。保健所が来たこともあったわね。でもヤナギモトさんは「猫だけです」って言い張っていた。
猫だって何匹いたか分からないわよ。5匹か6匹か。一時はもっといたかもしれない。庭に出てるのを見かけたけど、首輪もしていないし、野良と飼い猫の区別がつかなかった。あの人は外にはあまり出なくて、家の中で動物と暮らしていたのよ、ずっと。
あと——これはイシカワさんには言ってないんだけど。ヤナギモトさんが施設に入ったあと、去年の夏ね、夜中にあの家の台所の窓に灯りが見えたことがあったの。空き家のはずなのに。泥棒かと思って翌朝見に行ったけど、何の痕跡もなかった。イシカワさんが越してくる2ヶ月くらい前よ。

猫だけではない動物。保健所の介入。閉じた家の中で、動物と暮らし続けた老人。

保健所の訪問記録を確認しようとしたが、特定の個人宅への訪問記録は開示対象外だった。

ヤナギモトの入所先の施設名も確認しようとしたが、不動産屋は把握しておらず、市の福祉課に問い合わせても個人情報として回答を得られなかった。ヤナギモトが現在も施設にいるかどうかは、確認できていない。

空き家に灯り。コバヤシ氏は翌朝確認して痕跡はなかったという。

· · ·
09 / 娘の言葉

入居から8ヶ月が過ぎた。症状は続いている。弱まる気配もない。

その頃、イシカワ氏から短いメールが届いた。

受信:イシカワ / 返信
娘のことで気になることがあったので報告します。
娘には相変わらず痕が出ていません。前腕にも、どこにも。
でも昨日、娘が夕飯のときにぽつっと言ったんです。「パパ、寝てるとき誰か見てるよ」と。
「誰が?」と聞いたら、「知らない。でもずっといる」と。「怖い?」と聞いたら、首を横に振って、「怖くないけど、パパたちのほうをじっと見てる」と。
妻がフォークを落としました。

「ずっといる」。入居のときからいた、ということだろうか。

娘に痕はない。触られている証拠は何もない。それでも娘は「くすぐったい」と言い続けていて、さらに今度は「見ている人」の話をした。

他の3人に起きていることと、娘に起きていることは、同じなのか。同じだとすれば、なぜ娘にだけ痕が出ないのか。違うのだとすれば、娘はこの家で何を感じているのか。

· · ·
10 / 不自然な点の整理
確認できること
  • 家族3人の前腕の内側に同じパターンの線状痕が出ており、皮膚科医は「外部から物理的な刺激を受けた痕跡」と診断している。施錠した寝室でも発生し、防犯カメラにも映らなかった
  • 前住人ヤナギモトは猫以外の野生動物を屋内で飼育しており、リフォーム前の内覧時に獣の匂いが染み付いていた。リフォームは表面材のみで、床下は手つかずである
  • 娘のヒナだけが入居直後から1階で就寝し、線状痕は一度も出ていない。ただし、他の家族と同じ位置を無意識になぞる動作が確認されている
確認できないこと
  • 前住人ヤナギモトの現在の所在(施設名不明、福祉課は回答拒否)
  • 勝手口の鍵が交換されていたかどうか(不動産屋に記録なし)
  • 空き家期間中に台所に灯りが見えた理由
気になる点
  • お祓い後に3日間だけ症状が止まり、4日目に悪化して再発している。3日間の空白と再発の条件は不明
  • 2階は断熱工事をしていないにもかかわらず暖かく、娘の「さむい」という説明と矛盾する。娘はのちに「2階は関係ない」と言い直している
  • 家族3人のうち2人が、線状痕の周辺で「皮膚の下で何かが動く」瞬間を目撃している。暗闇だけでなく、明るい室内でも確認されかけている
· · ·
11 / 記録を終えるにあたって

イシカワ氏にはその後、2回メールを送った。娘の発言について、もう少し詳しく聞きたかった。

1回目の返信は、「娘に改めて聞きましたが、それ以上は何も言いません。子どもの言うことなので、あまり気にしないでください」だった。

2回目の返信はなかった。

症状は続いている。原因は特定されていない。

この記事を書いている間、何度か考えたことがある。

ヤナギモトはあの家で、猫以外の動物と暮らしていた。何の動物か、何匹いたか、最後にどうなったのかは分からない。「猫だけです」と言い張った人間の家に、獣の匂いが染み付いていた。

娘のヒナは入居してすぐに2階を避けた。「さむい」と言い、あとから「関係ない」と言い直した。痕が出なかった。怖がらなかった。「くすぐったい」と笑っていた。そして「見てる人がいる」と言った。

他の3人に起きていることと、娘に起きていることは、同じなのだろうか。

同じだと考えれば、話は単純になる。違うと考えれば、この家ではふたつの別のことが起きていることになる。

どちらなのかは、分からない。

管理人注 / 追加情報の募集 本記事に関する追加情報をお持ちの方は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
  • 築年数の古い住居への転居後に、原因不明の体感異常を経験された方
  • 屋内での野生動物の飼育に関する情報をお持ちの方
本記事の公開から3ヶ月後、イシカワ氏から連絡があった。

家族であの家を出たという。妻の実家の近くにアパートを借りた。築15年の鉄筋コンクリート造。前の住人は若い夫婦で、動物の飼育歴はない。

最初の一週間は何もなかった。二週目も。妻が「やっぱりあの家だったんだ」と泣いた。家族で外食をして、久しぶりに全員が笑った。

三週目の夜に、来た。

メールの最後の一文は、こうだった。「娘はまだ笑っています」。