記録されなかった話。

どこにも残らなかったはずの話を、記録という形で保管しています。 本ブログはAIによる創作ホラーモキュメンタリーです。

利用者の声


CASE-034 / 未解決
管理人注記 以下は2026年春に本ブログへ寄せられた投稿メールおよび補足資料をもとにまとめたものです。
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
01 / 最初の投稿
2026年2月 / 本ブログへの投稿メール

投稿者はノダと名乗る20代後半の女性だ。就労困難者や社会的に孤立した人の生活支援を行うNPO法人「むすびの会」で、パートの事務スタッフとして働いているという。

投稿者:ノダ / 原文
はじめまして。怪談ではないかもしれません。でも、自分がいる場所のことを、外にいる人に見てもらいたくて書いています。
私は去年の夏から「むすびの会」というNPOで事務をしています。代表のイワタさんは50代の女性で、穏やかな人です。面接のときに「ゆっくりでいいからね」と言ってくれて、その声にほっとしたのを覚えています。スタッフは私を含めて4名、利用者さんは登録上は30名弱だそうです。
ここに来られてよかったと思っています。ただ、ひとつだけ、気になっていることがあるんです。寄付者さん向けの活動報告書を整理していたとき、数字が思ったより多いなと感じました。私の感覚とずれているだけかもしれません。でもそのずれが、ずっと引っかかっています。

「ここに来られてよかった」。不満を言うつもりはない、という表明が先に来る。それが好意から出た前置きなのか、言わなければ居心地が悪くなる種類の前置きなのかは、この時点ではわからなかった。

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02 / 報告書

ノダ氏に詳しく聞いた。報告書はA4で20ページほどのカラー冊子で、半年に一回、寄付者に郵送されている。過去6年分、11冊が書庫にあった。

ノダ氏が気づいた点は二つ。どの号も利用者の写真が横顔か後ろ姿しかない。そして「利用者の声」のコーナーが全号でレイアウトが完全に同一——テンプレートに流し込んでいる形式だった。

各号の「月間延べ支援者数」を比較すると、6年間で98名から187名へ倍増している。だが増加分は「電話相談」「訪問支援」に集中しており、「来所支援」はほぼ横ばいだ。事務所にいるスタッフには見えない活動だけが増えている。

収支報告の「自立支援金」は毎号50万から80万。受給者のイニシャル延べ32名のうち、来所記録と一致したのは7名。残り25名を、ノダ氏は事務所で一度も見ていない。

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03 / コジマの話

報告書に名前がある利用者の中で、連絡先がわかったのが一人。コジマという30代の男性だ。

コジマ氏の発言(ノダ氏によるメモ)
「写真は何回か撮られた。活動の記録だからって。でも活動って何だろうね、座ってお茶飲んでるだけなのに」
「支援金はもらってない。書類はたくさん書かされた。名前とか住所とか、同じようなことを何回も」
「やめたのは、別に嫌なことがあったわけじゃない。なんとなく行かなくなった。行かなくなっても誰からも連絡は来なかった。——いや、一回だけ来たか。イワタさんから。『お元気ですか、無理しないでくださいね』って。それだけ。引き止めもしないし、理由も聞かない。優しいっちゃ優しいよ。でも、なんだろう、出口に手を振ってる人みたいだった」

追加確認を依頼した3日後、コジマ氏の電話は不通になった。LINEも既読がつかない。電話を切る直前に「ノダさんも気をつけてね」と言っていたと、ノダ氏は書いていた。

二週間後、ノダ氏が見つけたのは、最新号の活動だよりに載った「K・T(30代男性)」の感想文だった。コジマ氏のイニシャルと一致する。

そこにはこう書かれていた。「別に嫌なことがあったわけじゃない。なんとなく足が遠のいて、でも声をかけてもらえて、また来ようと思えた」。

コジマ氏が電話で語った言葉を、少しだけ明るく書き直したら、こうなる。

ノダ氏のメールにはこうあった。「コジマさんはいなくなったんじゃなくて、文章になったんだと思います」。

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04 / 自己紹介シート

ノダ氏自身のことを聞いた。求人への辿り着き方。

インスタグラムの広告だという。離職後、家にこもっていた時期に表示された。「あなたの経験が、誰かの支えになります」。友人に聞いたが、同じ広告を見た人はいなかった。

採用時には履歴書のほかに「自己紹介シート」を提出している。「あなたにとって安心できる場所とは」という欄に、「誰かの役に立っていると思える場所」と書いたという。

書庫で採用書類の綴りを探したが、ノダ氏の分だけなかった。他のスタッフは退職者の分も含めて全員分ある。代わりに見つけたのは、報告書の原稿をまとめたクリアファイルだった。

受信:ノダ / 返信
「利用者の声」の下書きが何枚も入っていて、赤ペンで修正が入っています。その中に、こういう一節がありました。「ここに来られてよかったと思っています。誰かの役に立てていると感じられる場所に出会えたことが、いちばんの支えになりました」。
私が自己紹介シートに書いた文章です。「誰かの役に立っていると思える場所」——同じ言い回しが、別人の感想文として整えられていました。名前の欄には「N・Y(20代女性)」と書かれていて、赤ペンで丸がつけてありました。

ノダ氏のイニシャルは、N・Yだ。

さらに2022年度の報告書にも「N・Y(20代女性)」が載っていた。ノダ氏の着任より3年前の号だ。添付写真は事務所のデスクに向かう後ろ姿で、椅子の背もたれの左側にガムテープが貼ってある。ノダ氏が今座っている椅子と同じ特徴だった。

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05 / イワタという人

ノダ氏に、イワタ氏のことを聞いた。

受信:ノダ / 返信
イワタさんは朝一番に来て、事務所の花を替えるんです。毎週月曜日に。利用者さんの名前は全員覚えています。久しぶりに来た人にも「○○さん、お元気でしたか」と自然に声をかけている。悪い人だとは思えないんです。
ただ、スタッフが辞める話になると、必ず「その人にはその人の道があるから」と言います。理由を聞かない。引き止めない。送別会もしない。翌日にはデスクが片付いていて、何事もなかったように次の日が始まる。以前のスタッフが何人辞めたか聞いたら、「何人だったかしら」と。数は答えてくれませんでした。

報告書は2020年度から毎年、巻頭にイワタ氏の写真が載っている。背景が毎年違うので撮り直しているはずだが、6年分並べても変わっていない。老けない、ではなく、変わらない。「写真写りいいですよね」と言ったら、「私、写真は苦手なの。撮られるのがあまり好きじゃなくて」と答えたそうだ。全部の号に載っているのに。

面接のとき、イワタ氏は「ノダさんみたいな人を、ずっと探していたの」と言った。「みたいな人」が何を指していたのか、ノダ氏は今もわからないと書いている。

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06 / 不自然点の整理
確認できること
  • 報告書の原稿ファイルに、ノダ氏が自己紹介シートに書いた文章とほぼ同じ一節が、「N・Y(20代女性)」の感想文として編集された状態で残っていた。自己紹介シートの原本はノダ氏の分だけ欠落している
  • コジマ氏が連絡不能になった後、最新の活動だよりに同氏と同じイニシャル・年齢帯の人物が掲載されており、感想文にはコジマ氏が電話で語った言い回しと酷似した表現が使われている
  • 2022年度の報告書に、ノダ氏と同じイニシャル・年齢帯の「利用者」が、着任3年前に記載されている。添付写真の椅子はノダ氏が現在使用しているものと同一の特徴を持つ
確認できないこと
  • 電話相談・訪問支援の活動が実際に行われているかどうか(記録は代表が管理しているとされ、閲覧できていない)
  • コジマ氏が自分の意思で感想文を寄稿した可能性(本人に確認する手段がない)
  • 2022年度の「N・Y」がノダ氏を指しているかどうか(イニシャル・年齢帯・椅子の一致のみ)
気になる点
  • ノダ氏が応募した求人広告を、周囲の友人は誰も見ていない
  • イワタ氏は「写真が苦手」と述べているが、6年分の報告書すべてに本人の写真が掲載されている。一方、利用者の写真は全号で横顔か後ろ姿のみである
  • イワタ氏は利用者の名前を全員覚えているが、辞めたスタッフの人数を答えなかった
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07 / 変わっていく返信

ここまでの調査経過をまとめ、ノダ氏に送った。

翌日の返信。

受信:ノダ / 返信
読みました。並べられると、たしかに変ですよね。でも今日、イワタさんが利用者さんに自分の傘を渡して「私は駅まで走るから大丈夫」って笑ってたんです。悪い人がやっていることだとしたら辻褄が合わないし、いい人がやっていることだとしたらもっと辻褄が合わない。

5日後。

受信:ノダ / 返信
すみません、返信が遅くなりました。少し考えていました。報告書の数字がおかしいのは事実だと思います。でもそれが誰かを傷つけるために行われているのかどうかは、わかりません。善意と善意のあいだの、仕組みの問題なのかもしれません。こちらの団体は、少なくとも私にとっては、大切な場所です。

私は一つだけ質問を返した。「最初のメールで、『外にいる人に見てもらいたい』と書かれていました。今もそう思っていますか」。

返信は来なかった。

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08 / 最後のメール

9日後に届いたメール。

受信:ノダ / 返信
ご連絡ありがとうございます。お時間をいただいてしまい申し訳ございません。
あのあと、イワタさんとゆっくりお話しする機会がありまして、数字の件について丁寧にご説明いただきました。電話相談や訪問支援の件数が含まれていたこと、経理処理を外部に委託しているため私の目に触れにくかったこと、いずれも合理的な理由がございました。
私の確認不足でお騒がせいたしました。こちらの団体は誠実に活動を続けている場所です。ここに来られてよかったと改めて感じております。
記事の掲載は、取り下げていただけますでしょうか。

掲載は取り下げられない旨を返信した。もし困っていることがあればいつでも連絡してほしいと書いた。返信はなかった。

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09 / 記録を終えるにあたって

一週間後、むすびの会のウェブサイトを確認した。スタッフ紹介が5名に更新されていた。新しい紹介文の一節——「この場所に出会えてよかった。今度は支える側になりたいと思いました」。この一文を、私は過去の報告書で読んだことがある。

ノダ氏の名前はスタッフ紹介にはなかった。代わりに「活動報告」のページに、「支援を受けた方の声」として「N・Y様(20代女性)」が掲載されていた。

念のために検索をかけた。むすびの会と同じデザインテンプレートを使ったサイトが3件見つかった。いずれも就労支援系のNPOで、「利用者の声」があり、写真は横顔か後ろ姿だった。テンプレートが同じだけかもしれない。

ただ、3件のうち1件の「スタッフの声」欄に、こういう一文があった。「ここに来られてよかったと改めて感じております。この団体は誠実に活動を続けている場所です」。

管理人注 / 追加情報の募集 本記事に関する追加情報をお持ちの方は、お問い合わせフォームよりご連絡ください。
  • 「むすびの会」またはそれに類似する名称・活動形態のNPO法人に関わったことのある方
  • 就労支援系NPOの求人に応募した際、「自己紹介シート」に類する書類の提出を求められた経験のある方
  • 寄付先のNPOから届いた「活動だより」に記載されている内容に、違和感を覚えたことのある方
この記事を公開した翌日、問い合わせフォームに一通のメッセージが届いた。差出人の欄に名前はなかった。ドメインはむすびの会のものではなく、検索で見つかった3件のうち別の1件のものだった。

本文はこうだった。

「素敵な記事ですね。とても丁寧にまとめられていて、お人柄が伝わってきます。ひとつお伺いしたいのですが、このブログはお一人で運営されていますか?」