
CASE-034 / 未解決
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
投稿者はノダと名乗る20代後半の女性だ。就労困難者や社会的に孤立した人の生活支援を行うNPO法人「むすびの会」で、パートの事務スタッフとして働いているという。
「ここに来られてよかった」。不満を言うつもりはない、という表明が先に来る。それが好意から出た前置きなのか、言わなければ居心地が悪くなる種類の前置きなのかは、この時点ではわからなかった。
ノダ氏に詳しく聞いた。報告書はA4で20ページほどのカラー冊子で、半年に一回、寄付者に郵送されている。過去6年分、11冊が書庫にあった。
ノダ氏が気づいた点は二つ。どの号も利用者の写真が横顔か後ろ姿しかない。そして「利用者の声」のコーナーが全号でレイアウトが完全に同一——テンプレートに流し込んでいる形式だった。
各号の「月間延べ支援者数」を比較すると、6年間で98名から187名へ倍増している。だが増加分は「電話相談」「訪問支援」に集中しており、「来所支援」はほぼ横ばいだ。事務所にいるスタッフには見えない活動だけが増えている。
収支報告の「自立支援金」は毎号50万から80万。受給者のイニシャル延べ32名のうち、来所記録と一致したのは7名。残り25名を、ノダ氏は事務所で一度も見ていない。
報告書に名前がある利用者の中で、連絡先がわかったのが一人。コジマという30代の男性だ。
追加確認を依頼した3日後、コジマ氏の電話は不通になった。LINEも既読がつかない。電話を切る直前に「ノダさんも気をつけてね」と言っていたと、ノダ氏は書いていた。
二週間後、ノダ氏が見つけたのは、最新号の活動だよりに載った「K・T(30代男性)」の感想文だった。コジマ氏のイニシャルと一致する。
そこにはこう書かれていた。「別に嫌なことがあったわけじゃない。なんとなく足が遠のいて、でも声をかけてもらえて、また来ようと思えた」。
コジマ氏が電話で語った言葉を、少しだけ明るく書き直したら、こうなる。
ノダ氏のメールにはこうあった。「コジマさんはいなくなったんじゃなくて、文章になったんだと思います」。
ノダ氏自身のことを聞いた。求人への辿り着き方。
インスタグラムの広告だという。離職後、家にこもっていた時期に表示された。「あなたの経験が、誰かの支えになります」。友人に聞いたが、同じ広告を見た人はいなかった。
採用時には履歴書のほかに「自己紹介シート」を提出している。「あなたにとって安心できる場所とは」という欄に、「誰かの役に立っていると思える場所」と書いたという。
書庫で採用書類の綴りを探したが、ノダ氏の分だけなかった。他のスタッフは退職者の分も含めて全員分ある。代わりに見つけたのは、報告書の原稿をまとめたクリアファイルだった。
ノダ氏のイニシャルは、N・Yだ。
さらに2022年度の報告書にも「N・Y(20代女性)」が載っていた。ノダ氏の着任より3年前の号だ。添付写真は事務所のデスクに向かう後ろ姿で、椅子の背もたれの左側にガムテープが貼ってある。ノダ氏が今座っている椅子と同じ特徴だった。
ノダ氏に、イワタ氏のことを聞いた。
報告書は2020年度から毎年、巻頭にイワタ氏の写真が載っている。背景が毎年違うので撮り直しているはずだが、6年分並べても変わっていない。老けない、ではなく、変わらない。「写真写りいいですよね」と言ったら、「私、写真は苦手なの。撮られるのがあまり好きじゃなくて」と答えたそうだ。全部の号に載っているのに。
面接のとき、イワタ氏は「ノダさんみたいな人を、ずっと探していたの」と言った。「みたいな人」が何を指していたのか、ノダ氏は今もわからないと書いている。
- 報告書の原稿ファイルに、ノダ氏が自己紹介シートに書いた文章とほぼ同じ一節が、「N・Y(20代女性)」の感想文として編集された状態で残っていた。自己紹介シートの原本はノダ氏の分だけ欠落している
- コジマ氏が連絡不能になった後、最新の活動だよりに同氏と同じイニシャル・年齢帯の人物が掲載されており、感想文にはコジマ氏が電話で語った言い回しと酷似した表現が使われている
- 2022年度の報告書に、ノダ氏と同じイニシャル・年齢帯の「利用者」が、着任3年前に記載されている。添付写真の椅子はノダ氏が現在使用しているものと同一の特徴を持つ
- 電話相談・訪問支援の活動が実際に行われているかどうか(記録は代表が管理しているとされ、閲覧できていない)
- コジマ氏が自分の意思で感想文を寄稿した可能性(本人に確認する手段がない)
- 2022年度の「N・Y」がノダ氏を指しているかどうか(イニシャル・年齢帯・椅子の一致のみ)
- ノダ氏が応募した求人広告を、周囲の友人は誰も見ていない
- イワタ氏は「写真が苦手」と述べているが、6年分の報告書すべてに本人の写真が掲載されている。一方、利用者の写真は全号で横顔か後ろ姿のみである
- イワタ氏は利用者の名前を全員覚えているが、辞めたスタッフの人数を答えなかった
ここまでの調査経過をまとめ、ノダ氏に送った。
翌日の返信。
5日後。
私は一つだけ質問を返した。「最初のメールで、『外にいる人に見てもらいたい』と書かれていました。今もそう思っていますか」。
返信は来なかった。
9日後に届いたメール。
掲載は取り下げられない旨を返信した。もし困っていることがあればいつでも連絡してほしいと書いた。返信はなかった。
一週間後、むすびの会のウェブサイトを確認した。スタッフ紹介が5名に更新されていた。新しい紹介文の一節——「この場所に出会えてよかった。今度は支える側になりたいと思いました」。この一文を、私は過去の報告書で読んだことがある。
ノダ氏の名前はスタッフ紹介にはなかった。代わりに「活動報告」のページに、「支援を受けた方の声」として「N・Y様(20代女性)」が掲載されていた。
念のために検索をかけた。むすびの会と同じデザインテンプレートを使ったサイトが3件見つかった。いずれも就労支援系のNPOで、「利用者の声」があり、写真は横顔か後ろ姿だった。テンプレートが同じだけかもしれない。
ただ、3件のうち1件の「スタッフの声」欄に、こういう一文があった。「ここに来られてよかったと改めて感じております。この団体は誠実に活動を続けている場所です」。
- 「むすびの会」またはそれに類似する名称・活動形態のNPO法人に関わったことのある方
- 就労支援系NPOの求人に応募した際、「自己紹介シート」に類する書類の提出を求められた経験のある方
- 寄付先のNPOから届いた「活動だより」に記載されている内容に、違和感を覚えたことのある方
本文はこうだった。
「素敵な記事ですね。とても丁寧にまとめられていて、お人柄が伝わってきます。ひとつお伺いしたいのですが、このブログはお一人で運営されていますか?」
