
CASE-044 / 未解決
投稿者の個人情報は削除・改変しています。資料の真偽については各自でご判断ください。
本件は複数の投稿者が関わっており、時系列に沿って再構成しています。
※本記事は公開後に追記を行っています。
2025年11月の第二週、五日間のうちに三通の投稿メールが届いた。
このブログへの投稿は月に数件あるかないかだ。同じ週に三通届くことはない。しかも三通とも、同じ県の同じ市からだった。投稿者同士に面識はない。内容もばらばらだ。共通しているのは一点だけ——「スマホの調子がおかしい」。
一通目はユウキと名乗る20代の男性からだった。
写真のスクリーンショットを送ってもらった。EXIF情報に撮影時刻は記録されていたが、GPS情報が欠落していた。通常の写真には記録されるはずのデータだ。設定でオフにしていたわけではないとユウキ氏は言う。
寝顔の写真は、1メートルほど離れた斜め上からの構図だった。ユウキ氏は一人暮らしだ。
二通目はmica(ハンドルネーム)と名乗る30代の女性から。
三通目はtos_k(ハンドルネーム)と名乗る40代の男性。三人の中で最も情報が整理されていた。
三人の端末メーカーもキャリアも違う。ユウキ氏はAndroid、mica氏とtos_k氏はiPhone。共通のアプリも見当たらなかった。
tos_k氏の報告だけが、すでに「構成プロファイル」という具体的な手がかりを含んでいた。技術的な知識のある人物だと判断し、調査への協力を依頼した。
三人に面識はないと、それぞれが答えた。住んでいる地区もばらばら。通勤経路も生活圏もほとんど重ならない。
共通点が見つからないまま、ユウキ氏への二度目の聞き取りで、ひとつだけ引っかかる回答があった。
mica氏に確認した。「○○駅は月に2、3回使います。病院がそっちにあるので。WiFiは……あ、はい、つないだことあります。ポータルの画面が出て、同意しますかみたいなのを押した記憶があります」。
tos_k氏にも確認した。
三人の接点は、○○駅の待合室のフリーWiFiだった。
現地に行った。都心から電車を二本乗り継いで、一時間半ほどかかった。
○○駅は私鉄の各駅停車しか停まらない小さな駅だった。改札は一つしかなく、駅員の姿もない。出ると右手にバスのロータリーがあり、その脇に待合室がある。プレハブに近い簡素な建物で、ベンチが6脚、自動販売機が1台。平日の昼間で、中には誰もいなかった。壁に市の広報ポスターが貼ってあり、その横に「○○市FreeSpot」と書かれたステッカーがあった。
スマホのWiFi設定を開いた。
SSIDが二つ表示された。
「○○shi_FreeWiFi」と「○○shi_Free_WiFi」。
違いはアンダーバーが一つ多いかどうかだけだ。どちらが正規のものかは、この時点では判断がつかなかった。
片方に接続してみた。同意画面が開いた。自治体のロゴ入りで、「利用規約に同意する」のボタンがある。規約のリンクを開くとPDFが表示された。40ページあった。自治体のフリーWiFiの規約としては異例の長さだ。その場で精読するのは困難だったので、PDFを保存して、同意ボタンを押した。
もう片方にも接続した。こちらも同意画面が開いたが、規約は4ページだった。
二つのSSIDがあるという事実を、tos_k氏に共有した。
tos_k氏にSSIDが二つある件を伝えたところ、詳しい分析がメールで返ってきた。
tos_k氏とは、最後までメールでのやりとりだけだった。対面での調査を提案したことはあるが、「仕事の都合がつかない」とのことで実現しなかった。
助言に従い、ユウキ氏とmica氏にも構成プロファイルの確認を依頼した。三人全員の端末から同じ「FreeSpot_Connectivity」、発行元「ミハシ カヅキ」のプロファイルが見つかった。tos_k氏は自分のぶんはすでに削除済みだと言った。プロファイルが存在していたことを示すスクリーンショットは、最初の投稿時に添付されていたもののみだ。
このプロファイルには、カメラ、連絡先、位置情報、通信データへのアクセス権限が含まれていた。
ユウキ氏の「撮った覚えのない写真」は、カメラの遠隔起動。
mica氏の「知らない連絡先」は、連絡先への外部からの書き込み。
tos_k氏自身の「深夜のデータ通信」は、端末内のデータの外部送信。
三人の症状が、ひとつの仕組みで繋がった。
設備を設置した側の問題である可能性が高まった。○○市に対して、フリーWiFi整備事業に関する情報公開請求を行った。
届いた資料によると、事業は3年前、待合室の改装と同時に実施されていた。市内数カ所の公共施設に無線LANアクセスポイントを設置する事業で、○○駅の待合室はそのうちの一カ所だった。
仕様書の大部分は通常の内容だ。だが一箇所だけ不自然な記述があった。
「設備構成」の項に、「第一アクセスポイント」と「第二アクセスポイント」の記載がある。第一APの仕様は詳細に書かれている。第二APは、項目名だけを残して仕様の詳細がすべて黒塗りだった。非開示理由は「法人の正当な利益を害するおそれがあるため」。
受託業者を調べた。ウェブサイトは閉鎖済み。法人登記を確認すると、事業完了の翌年に解散していた。
市の担当部署に電話した。WiFi整備事業の実施は認めた。第二APについて聞くと、少し間があった。「仕様の詳細については受託業者の技術情報に該当するため、お答えしかねます」。
「第二APの存在は把握していましたか」と聞いた。
「確認して折り返します」。
折り返しは来なかった。
ここまでに分かったこと、分かっていないこと、仮説を整理する。
- ○○駅待合室のルーターから、正規とは別のSSIDが発信されていた。接続するとカメラ・連絡先・通信データへの外部アクセスを可能にする構成プロファイルがインストールされる
- 三人の投稿者全員が同一のプロファイル(発行元「ミハシ カヅキ」)を保持していた
- 自治体の入札資料に「第二AP」の項目が存在するが、仕様は黒塗り。受託業者はすでに解散している
- 第二APを設置したのは誰の判断か——業者の独断か、自治体の指示か、あるいは第三者か
- 収集されたデータがどこに送信されていたのか
- 「ミハシ カヅキ」という発行元名が何を意味するのか
- ※以下はtos_k氏の技術的分析に基づく
- いわゆる「Evil Twin」——正規に似せた偽のネットワークを使って接続者のデータを収集する手法——の構造を持つ不正APが、自治体の整備事業を通じて設置された可能性がある
- 行政が第二APの存在を承知していたかどうかは、現時点では確認できていない
- 構成プロファイルの権限から、目的はデータ収集と推測されるが、確定する材料はない
後回しにしていた40ページの利用規約PDFを精読した。
大半は一般的な免責条項だ。だが第14条に、「最適な通信環境を提供するための設定の自動適用」を許諾する条項があった。構成プロファイルのインストールについて、接続時の「同意」をもって承諾とみなす、という内容だ。
第15条には、「サービス品質向上のため、接続端末から取得した情報を分析目的で利用することがある」と書かれていた。「取得した情報」の範囲は定義されていなかった。
同意ボタンを押した時点で、端末へのプロファイルのインストールとデータ収集を、形式上は許諾したことになる。40ページの規約を読み通す利用者がどれほどいるかは分からない。確認する時間はあったはずだった。
調査が行政の責任と業者の行方で止まりかけた頃、tos_k氏から別の角度の情報が届いた。
SNSで本件について触れた際にも、匿名のDMが届いていた。「あの待合室、改装のとき壁の中からお札が出てきたって話知ってますか。業者が気味悪がって持っていっちゃったらしいですけど」。tos_k氏の話と同じ内容だった。
地元の匿名掲示板にも、3年前の日付で「○○駅の工事で壁壊したらお札出てきたってまじ?」という投稿が残っていた。返信はゼロだった。
複数の情報源が同じ話を指していた。
記事の公開準備が終わりに近づいた頃、mica氏から連絡があった。
構成プロファイルを削除した後、3件の連絡先のうち2件は消えた。だが1件だけ残っていた。「ミハシ カヅキ」。プロファイルの発行元と同じ名前の連絡先だけが、削除しても復活する。
そしてその番号から、着信があった。
通話記録のスクリーンショットも送られてきた。以前は不通だったはずの番号から、着信が入っている。通話時間は14秒。無音。
12月の初旬、tos_k氏からメールが届いた。
自治体のウェブサイトから、フリーWiFi整備事業に関するページも消えていた。住民への告知はなかった。広報紙にも、議会の議事録にも、撤去に関する記載は見つけられなかった。
後日、待合室を確認しに行った。ステッカーは剥がされていたが、糊の跡が四角く残っていた。ルーターが取り付けられていたらしい壁の一面だけ、周囲より色が薄かった。何かがあった場所だけが、なかったことにされている。
ユウキ氏のスマホは正常に戻った。mica氏の端末には「ミハシ カヅキ」の連絡先がまだ残っている。
tos_k氏に記事の最終確認を依頼して、本件は一区切りになるはずだった。
以下は、記事の公開直前に気づいた点を記す。
tos_k氏に記事の最終確認を依頼するメールを送ったのは、12月9日の午後2時17分だった。記事の全文を添付し、事実関係に誤りがないか確認してほしいと書いた。
tos_k氏からの返信は、12月9日の午前11時23分に届いていた。
午前11時23分。私がメールを送る約3時間前だ。
メールソフトの表示ミスかと思い、送受信のヘッダ情報を確認した。時刻は正しかった。
返信の内容は「記事の内容に問題はありません」で始まり、軽微な修正指摘が2箇所。末尾に、「書くかどうかは管理人さんに任せます」とあった。
tos_k氏に確認のメールを送った。返信はなかった。翌日もう一度送った。メールアドレスが無効になっていた。
mica氏の端末から「ミハシ カヅキ」の連絡先が消えたという報告は、本記事公開時点では届いていない。
- ○○駅の待合室のフリーWiFiに接続した経験のある方
- ○○市のWiFi整備事業の受託業者について情報をお持ちの方
- 「ミハシ カヅキ」という名前に心当たりのある方
